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息子が急性散在性脳脊髄炎になって倒れた話12

長男が倒れてから4日目の朝。

積み重なる緊張と不安に押し潰されそうになり、ほとんど眠ることが出来なかった。

朝になり、着信が無いことにホッとしながら朝食の準備をしようと台所へ立ったとき、私のスマートフォンの着信音が大きく鳴り響いた。

震える指をどうにか動かし、いそいで電話に出る。

「もっ、もしもし!」

長男の入院する病院だった。

心臓が早鐘のように鳴り響く。

「長男になにかあったのでしょうか…?」

縋る思いで問いかけた。

(どうか、どうか悪化の連絡ではありませんように…!)

相手はPICUの医師だった。

昨日可能性として説明していたが、やはり今日から免疫グロブリン療法を開始することになったこと。

理由としては、意識レベルの確認のため、昨日から鎮静剤の投与をやめているにも関わらず痛みや挿管の苦しさへの反応が鈍いこと。

昨日に引き続き、脳波が激しく、あまり良い状況とはいえないことが挙げられた。

リスクの説明と同意書へのサインは倒れた当日に行っていたが、状況の説明として連絡をした。

ということだった。

「はい、分かりました。どうか引き続きよろしくお願い致します…!」

そういって託すことしかできずに電話口で深く頭を下げながら電話を切った。

同じく緊張した顔でこちらを見ていた夫に状況を説明し、少し別室で休ませて欲しいとお願いした。

頭がパンクしそうだった。

どうしたら良いのだろう。

私はあの子の親なのに何もしてあげられない。

出来ることなら変わってあげたいのに、それすら出来ない。

もう二度とあの子が目を醒さなくなってしまったら…?

あの子を失ってしまったらどうしよう…!


今まで頭によぎるたび、考えないようにと追いやってきたその言葉が私の頭に鳴り響いた。

涙がとめどなく溢れて、気がついたら実家の母に電話をかけていた。

母には当日、今の病院の救急センターで検査をしている間に状況は説明していた。

その後、何度かこちらに来ようかと提案してくれていたが、両親以外面会が出来ないことや、新型コロナウイルス感染症の感染リスクを考え断っていた。

母はすぐに電話に出てくれた。

『どうした?大丈夫?』

母は孫が大好きで大好きで、いつも逢いたがっている優しい祖母だ。

遠く離れていることがもどかしく、この数日間も眠れないほどに心配してくれていた。

「ごめん、お母さん。まだなにかあったわけじゃないんだ。でも…不安で仕方ないから…話を聞いて欲しくて…」

後半は胸が苦しくて声になっていなかった。

それでも、

『うん…うん、つらいよね。話してごらん。聞くよ。ちゃんと聞くからね』

母の声も涙が滲んでいたのに、その言葉だけで力強く感じた。

うわぁぁぁあああ!

子供のように、ダムが決壊したかのように泣いた。

あの子がいなくなってしまったらどうしよう。

こんなに愛しているのに

あの日だって笑顔で家を出たのに

こんなことになるなんて思わなかった

あの子を抱きしめたい

もう二度とママって呼んで貰えないかもしれない

あの愛しい笑顔がもう見れなかったらどうしよう

私、まだあの子になんにもしてあげられてないよ…!!


泣きながら、思っていたことを全て母にぶつけた。

母は、それを止めるでもなく泣きそうな声で

『うん…うん…』と聞いてくれた。

たくさん泣いて、落ち着いた頃、少し現実離れした話をした。

長男が倒れた翌日の夜から、私は毎夜同じような夢を見ていた。

それは私が5歳の頃から持っているクマのぬいぐるみが、長男を助けてくれる夢。

その夢の中で、

【もうすぐ長男くんは目が覚めるよ。だから信じることが大事だよ。

疑う力はとても強くて、悪い可能性を考え続けていたら運命はそっちに曲がってしまう。

長男くんは大丈夫。強く信じることが大事なんだよ。】

と繰り返し言っていた。

私の願望が見せた夢だろうと思う。

けれど、私はその夢を信じたかった。

そして母ならこの話を信じてくれると思ったのだ。

母は、この突拍子もない話を聞いても、淡々としていた。ただ受け入れ、背中を押してくれた。

『そっか。あのくまさんが長男くんを助けてくれたんだね。あなたはあの子をとても大切にしていたから、きっと絆が生まれたんだね。それは本当のことなんだと思うよ。お母さんは信じる。だからあなたも信じて待ってることが大事だよ。』

ありがとう、と言って電話を切った。

たくさん泣いたからか、心と頭がすっきりしていた。

この日、この瞬間から、心の根っこの部分から揺らぐことは無くなった。

不安が押し寄せることはあっても、心に一本の太い線が張ったように、ピンっと持ち直すことが出来るようになった。

「大丈夫、大丈夫。あの子は戻ってくる。」

私に出来ることは彼と彼を救おうと必死で頑張ってくれている人を信じることだけなんだ。

改めてそう感じ、母として唯一出来ることを「信じ抜くこと」と決めた。
















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