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『親』は『木』のようだと思った話

子供がお腹に宿っている、と知った日に、『親の木の種』が植えられて、お腹で育っていく我が子とともに、少しずつ少しずつ根をはり、我が子が産まれた時に芽を出す。

けれど、まだまだ小さな芽。

踏まれたり、引っこ抜かれたらひとたまりもない。

それでも、初めての育児は誰にとっても簡単なことではない。

(この、弱々しい小さな生命を守らなければ。)

経験したことのない緊張感の中、育児が始まる。

まだまだ木ともいえない小さな『芽』なのに、睡眠不足や理由の分からない大泣きという嵐に晒されながら根を伸ばす。

情報と経験という栄養を得るために、ふらふらになりながらも必死で葉をひろげる。

急に上手くはならないし、楽にもならない。

けれど、ほんの少しずつ大きくなって、いつのまにか少しの風では揺れることのない、立派な木になるのだ。

この子達が同じように芽吹いたとき、少しでも雨風が凌げるような大きな木になれますように。

そう願いながら、日々を必死で過ごしている。






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