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台本を書いて、小説を書いた気になっていてはダメだ

 ここ1,2ヵ月のことだ。
 久々に書く意欲が湧いて、久々に執筆を再開した。

 まずは長年書き慣れている台本から書き始めた。
 (台本とは音声作品向けのシナリオで、台詞がメイン。フリー台本の類いを書いている)

 未投稿のものも含め、作品数は4本、文字数は9000字くらいは書いた。
 台本を書いて満足するなら、これでいいのだが、わたしには小説として書きたい物語がある。

 台本を書いて、小説を書いた気になっていてはダメだ。

 何かしら文章を書けば、小説を書くのが上手くなるのでは?

 と、考えていたが、いざ小説を書こうとしても、最初の1文字すら書き出せなかった。

 小説は小説を書くことでしか、上達しないのではないか。

 台本と小説は物語で、文章で表現するところは同じだが、小説にあって台本にはないものがある。

 それが地の文だ。

 台本のト書きが似たようなものだが、地の文ほど情報量はないし、表現豊かに書くこともない。
 台詞がメインなのが台本だ。

 台本はリスナーの没入感を大切にするため、設定や舞台を詳しく書き込まないことが多い。
 一方、小説は字の文でキャラクターの個性や舞台となる世界の風景を伝えなくてはいけない。
 必然的に情報量が多くなる。

 小説では自身の頭の中で想像したことを地の文で伝える技術が求められる。
 これは小説を書くことでしか上達しない。

 台本を書いて、小説を書いた気になっていてはダメだ。(2回目)

 キャラクターやシチュエーション、物語の流れを考えるのに、台本創作は役立つが、それだけで小説を書ける気になってはいけない。

 また、読書をして、小説創作に活かせるネタが手に入ったと過信するのも良くない。
 ネタは使わないと意味がない。知識を溜め込んでいるだけで、武器が増えたと思っていてはダメだ。

 大事なことに気づけた気がする。

 早速行動して、小説を書きたい!!

 ……が、毎度毎度語ってる今の生活環境では、数時間集中できる環境が得られそうにない。

 それなら、隙間時間でできそうなことから考えてみた。

 140字小説を繋げて書いていくのはどうだろうか?

 とりあえず、書き慣れているからと、台本を書いて満足しようとすることはもうやめよう。

 つい最近、妥協して台本形式に書いたら、満足感が得られなかった。
 そんな思いをするくらいなら、苦労して小説を書いた方がいい。

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