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「伝説の勇者の末裔は剣なんて振るわない─実は、振るえない。の間違いです」第2話【#創作大賞2024】【#漫画原作部門】

【皇子殿下のわがままで】

 ここは、昼下がりの宮殿。贅を凝らした子供部屋──。

「はいどうどう! はいどうどう!」

 四つん這いになった俺の背中に股がる男児は無邪気な声を上げ、俺の尻をポンポンと叩く。

 男児と言ってもそろそろ初等教育を受ける年齢である。育ちが良い王室の子供は重い。腰や膝がきしんで悲鳴を上げる。

「ミハイル殿下……。そろそろ……」

 続くはずの言葉は俺の荒い呼吸で掻き消される。

「なんだ? ユーリもうおしまいか? お前は我が帝国の至宝勇者であろう」

 ミハイル皇子殿下は彼の父親である皇帝陛下の口癖を真似て、再び俺の尻を平手打ちした。

「いてっ」

 歪んだ口からひきつった声が漏れる。子供の手はよくしなって痛い。叩かれた拍子に勢いがついて、顎を床に打ち付け倒れ込む。

「あーあ。もうおしまいか。お前は真の勇者にはなれないな」

 殿下は不敵な笑みを浮かべ、俺を見下ろした。5歳にして、なんたる威厳だ。
 皇帝の血脈を示す証、黄色みがかった濃い金髪がさらに威厳を高めさせている。

 ミハイル殿下は皇帝陛下の末子で、やんちゃ盛りのガキンチョだ。
 皇帝陛下と帝国官僚たちが会議をする際に、俺はこうやって子守りをさせられている。現時点の俺は殿下のおもちゃでしかない。幼い殿下は、まだ俺の価値を理解できない。

「勇者とおれに認めて欲しいなら、おれの前で魔王を倒して見せろ!」

「なっ……」

 口元が吊り上がった。これ以上引きつらないように動揺を隠す。

「……できないのか?」

 腕組みをして見下ろす殿下。その意地悪な微笑みに窮した時、居室の扉が開かれた。

「ミハイル! すまない。待たせた」

「父上っ!」

 イグニス帝国の皇帝陛下が官僚たちを伴いやってきた。そのなかには俺の父親、レスターやヨルド、セシェンの父親らもいた。初代勇者御一行の子孫は揃いも揃って上位官僚だ。

 殿下は態度を一変させ、満面の笑みで壮年である陛下の胸に飛び込んだ。

「千年祭の話し合いは終わったの?」

「ああ」

 殿下は陛下を上目遣いで見ながら、甘えた声を出す。先程とは全く違う態度に、俺の疲れがどっと増した。

「千年祭で、ユーリ殿が魔王を倒すところが見たい!! ……ねっ? ユーリ殿」

「……!?」

 不器用なウィンクを送る殿下。勇者御一行の官僚たちは互いに顔を見合わせて、凍りつく。俺は俺で、驚嘆が漏れ出ないように口を覆った。

「おお、それは名案だ」

 陛下は満面の笑みを浮かべた後、顎をしゃくりながら、現勇者である俺の父に目配せした。
 やれ、と言うことらしい。

 魔王討伐の伝説的出来事から千年後──皇帝陛下に顎で使われるようになった勇者の子孫である。背負う歴史は重いのに、勇者の実力は吹き飛びそうなくらい軽くなっていた。

「ユーリ殿! 願いだ。僕の目の前で、魔王をやっつけるところを見せて」

 猫を被った殿下は俺の手を取り、瞳をキラリと輝かせた。
 皇帝陛下の御前で、拒否は許されない。

「……は、はい」

 そう言うしかない。


 これが転落の元凶だった──。



【大魔導士の末裔、レスター】

 ぺちぺちぺち……。
 頬が痛い。誰かが俺の頬を叩いている。

 徐々に意識が戻ってきて、パチッと瞼を開くと、眼鏡の少年が視界いっぱいに飛び込んできた。驚いた俺は腕をバタつかせた拍子に、少年を突き飛ばしてしまう。

「うわあ!」

「痛っ! 何をするんだ。いきなり……」

 眼鏡の少年、レスターは眼鏡を直し、乱れた金髪を撫でつけ整えた。普段、後ろでひとつに結んでいる長髪は、就寝前のせいかほどかれていた。色白の肌と肩まで届く髪のせいで、一瞬女と見間違えそうになる。

「悪い。レスターか……」

「何? その反応。勝手に人の家の敷地に入って、勝手に結界に引っ掛かって、本当にいい迷惑──」

「ユーリさん、よかった。具合は大丈夫? 少し気を失っていたのよ」

 腕を組みながら文句を言うレスターに、ソニアが割り込んできた。調子が狂ったのか、レスターは額を指でおさえている。

「気を失うくらいの結界をかけるな! もしかしたら致命傷になったかもしれないだろ!? ソニアまで巻き添え食らったらどうするんだよ!?」

 ソニアの言葉で俺は気を失う前のことを思い出し、レスターに向かって一気に文句を捲し立てた。

「……あぁ、大丈夫。僕の魔力は制限されているから、致死レベルの結界はかけられないんだよ。……それに、残念ながら女性は結界の対象外」

 レスターは気だるげに言う。余計に腹が立った。

「はぁ!? 男にだけしか効かないってどういうことだ!?」

「ふん。基本的に男はお呼びでないのでね」

「どう見てもこの部屋に女が訪ねてきた形跡はなさそうだがな。……意味あるのかその結界は!?」

 不敵に笑いながら嫌みたっぷり反論する俺だったが、レスターは動じることなく無言でソニアを指差した。「今、ここに女の子が訪ねてきているけど?」と、言いたそうな、強気の態度。指摘された俺は文句を言う勢いを失って、頭をかく。

 レスターは大きなため息を吐き、話を切り出す。一瞬で真剣な空気に入れ替わる。

「で、何の用? 君のことは僕の耳にも及んでいるけど、用件はソニアに聞いた方がいいのかな? 彼女が自前の絨毯と飛行術で君をここまで運んできてくれたみたいだからね」

 レスターがちらっとソニアに目配せをすると、彼女は拳を胸に当てて身を乗り出してきた。

「レスターさん、大変なの! 魔王を倒すために、力を貸して! 伝説の勇者パーティーを結成する時よ」

「何が大変なのかな? 魔王の被害は特に聞いていないけれども」

 冷静なレスターの言葉にソニアはたじろぐ。

「……そうだけど。魔王は悪い奴でしょ? やっつけなくちゃ!」

 レスターの冷たい視線が俺に注がれる。「ちゃんと事情を話せ」と目で訴えかけている。俺は首を横に振った。「今は答えられない」と。

 ふっとレスターがソニアの方を向き、パチン、と指を鳴らした。
 瞬間、ソニアは気を失って脱力した。傾いた彼女の背中を受け止める。レスターが魔術を使ったんだ。

「悪いが、ソニアには眠っていてもらおう。彼女の前だと君は本音を話してくれないからね」

 唇を噛む。悔しいけど図星だ。

「……さーて、何があったか教えてもらおうか。次期勇者のユーリ・ハウゼンくん」

 気障に振る舞う必要がなくなったので、肩の力が自然に抜けていく。呼吸を整え、素直に打ち明ける。

「……姉さんが、魔王にさらわれた」



【さらわれた姫と勇者の敗走・前半】

「姉さん!!」

 地下に沈んだ石造りの魔王城。家族で訪ねたのが記憶に新しい大広間。両腕を後ろ手に縛られた姉、エキドナが床に転がされていた。その隣には魔王が大きな椅子にどっしりと腰を下ろし構えている。

「ユーリ……」

 姉は消え入りそうな細い声を出した後、瞼を閉じた。

「魔王、今すぐ我が姉、エキドナを解放しろ。こちらに引き渡すんだ!!」

 力いっぱい叫ぶが、魔王は何も答えない。
 もちろん力尽くでは無理なので、俺は交渉に臨む。

「魔王。お前の望みは何だ? 人間の女か? それなら、選りすぐりの絶世の美女を用意してやろう。1人で足りないなら10人でも! 100人でも!!」

「……」

「違うのか? それでは領土はどうだ? 魔王に土地を与えるように皇帝に頼んでやろう。両方望むのなら、どちらも用意する」

「あっはっはっはっはっは……!!」

 真顔だった魔王はいきなり高笑いをあげた。反射的に脚が後ろに下がる。

「女だの、領土だの、くだらん。私の望みとは程遠いわ」

「ではお前の望みは何だ?」

 とにかく必死だった。親のコネをフル活用してでも、姉を連れ戻さなければいけなかった。それが親から与えられた使命だったから。

「何でもいいのか? ならば世界だ。全世界を余の支配下に治める。それでも聞いてくれるか」

「……も、もちろん。いいとも!!」

 冷や汗が額を伝う。やけくそだ。この場はてきとうなことを言って、難を逃れるしかない。

「小僧、お前にそんな権限などないだろう。……ふざけるな!」

 魔王の顔は冷め切り、赤い双球でギロリと俺を睨んできた。瞬時に脚が凍りつく。

「話が通じる相手と思ったら大間違いだ。 小僧。 力づくで取り返しに来いっ!」

「ひぃぃ!! ごめんなさいいいい!!」

 魔王が掲げた指先から火の玉が飛び出す。俺の目前で火花を散らし消えた。

 戦って勝ち目がないことは目に見えている。
 魔王は人質には手を出さないはずだ。ここはいったん引いて、帝国軍を動かしてもらうように、父に頼んで……。

 今は『逃げる』しか選択肢がない。

 だが、足が言うことを聞かない。固まったと思ったら、今度はぶるぶる震え出した。

 魔王のけたたましい嘲笑が俺をなぶる。

「あっはっはっはっはっはっ……!! 情けない。勇者の末裔とは所詮名ばかり。世界を盾にする腰抜けクズ野郎だったとは。勇者の品格にそぐわぬお前の命など、誰も惜しくないわ」

 魔王が手を上げると、地響きがして床が震えた。

「出でよ! ゴーレム!」

「へ?」

 魔王の合図でゴーレムが形作られた。壁から一体、二体、三体、四体、……五体。計五体のゴーレムが現れ、俺を取り囲む。

「あわわわ……」

 魔王が腕を振り上げると、ゴーレムたちは戦闘態勢に入った。五体が俺の頭上で一斉に腕を振り上げ、力をため始めた。


「ひぃぃ――」


 これは死の予感しかない恐怖の光景だった。


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