見出し画像

「伝説の勇者の末裔は剣なんて振るわない─実は、振るえない。の間違いです」第3話【#創作大賞2024】【#漫画原作部門】

【さらわれた姫と勇者の敗走・後半】

「小僧を叩き潰せ!!」

 五つの巨大な岩石が、俺の頭に次々降り注ごうという瞬間──固まっていた俺の脚が動き出し、高速でゴーレムの股をすり抜けた。

 ゴゴッ、ガシャ、バキバキバキゴキッ!

 振り返ると、俺が居た床は粉々に砕かれている。血の気が引いた。

「逃がすな。れ」

「ひええええ~~~~!!」

 五体のゴーレムが、全力疾走する俺の後ろをつけ回す。動きは遅いが、歩幅は広い。一歩で追いつかれそうになる。

 ゴーレムが足で踏み潰そうとするも、

「だぁっ!」

 瞬時にスライディングして足をすり抜け、

「うおっ!」

 飛び退いて、また一体とかわした。昔から逃げることは天下一だ。

「くそ。ちょこまかと。ええい、捕まえろ!」

 痺れを切らした魔王は俺を捕獲しようと、作戦を切り替えた。ゴーレムたちが轟音を響かせながら追いかけてくる。

 ゴッゴッゴッゴッ……。

「うわぁぁ――。 来るなああああ――!!」

 捕まったら、もう終わりだ。必死になりすぎて、情けない声を上げ、逃げ惑う。
 大きな岩山が五体も迫ってくるのだからたまったものではない。逃げ足が早い俺でも、体力の限界を迎えたら終わってしまう。同時に頭も回転させ、脱出方法を探す。

「はっはっはっはっ……!! 逃げるとは呆れるな」

 笑え。笑うがいいさ、魔王。
 俺は命さえ助かれば、呆れられようが罵られようがどうでもいいのだ。

 ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ……。

「ひっ、こっち来んなよぉぉ――」

「逃げていては何もできんぞ、小僧」

 そんなのわかっている。ただ、逃げながら時間稼ぎをしているんだ。
 でもさっぱり策が浮かばない。

「うわっと」

 脚がもつれ始める。普段優雅な生活を送っているせいで、鬼ごっこは五分と持たなかった。

 やばい。

 後ろからゴーレムが迫る。俺がつまずいて倒れたところを取り囲まれた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」

 頭上からゴーレムたちの腕が伸びてくる。もう動けない。あんぐりと開けた口が恐怖に震える。
 もうダメかもしれない。覚悟して、強く目をつぶった。


 ガチーンッ! ガラガラガラ……ドォォォン!!


 岩がぶつかる轟音が響き、瓦礫が降り注いだ。
 大きな物体が俺の肩先を横切り、突風と粉塵が振りかかる。

 俺の体は無傷だった。ゴーレムに捕まってもいない。

「ええい、お前たち、何をしている!?」

 魔王の焦った声がして、恐る恐る目を開けると、ゴーレムが俺の隣に横たわっていた。動きを停止しているようだ。

「うへぇっ……!?」

 こいつが倒れかかっていたら俺は死んでいた。

 なるほど。俺を捕まえようと腕を伸ばしたゴーレムたちがぶつかり合って、同士討ちになった! それで俺は助かったのだ。ゴーレムたちは臨機応変に行動をするのが難しいらしい。

「ふっふっふっ……。魔王よ。強大すぎる力も考えものだな。制御できていないではないか」

 安堵のせいか、俺の口元から不敵な笑いが滲み出た。
 この調子で逃げ回り、ゴーレムを相討ちさせれば倒せる! 俺でも確実に倒せる!

 再び立ち上がり、ゴーレムの群れから離れる方向へ走り出した。

「調子に乗りおって。今のはほんのお遊びだ。ゴーレムたちよ。小僧を捕らえよ!」

 残る四体のゴーレムたちは態勢を立て直し、俺に向かってくる。

 ゴッゴッゴッゴッ……。

 俺は大広間の柱に目をつけた。ここに誘い込めばうまくいくかもしれない。

「逃げるだけでは何もならんぞ」

「甘いな魔王! 逃げて勝つ戦法をみせてやるよ!」

 八の字を描きながら、等間隔に並ぶ支柱を周回する。一体のゴーレムは後ろから、もう一体は前から迫ってくる。ゴーレム二体が俺を挟み撃ちにしようとするところ、俺は軌道を変えて別の方向に走り出す。

 ドッ……ゴゴゴォォン……!

 方向転換が間に合わなかった二体のゴーレムは激しく正面衝突し、その場で起動停止した。どうやら、弱点は頭らしい。頭に埋め込まれている宝玉が割れると、ただの岩の塊になるようだ。

 これならいける! この要領で残る二体も倒せばいい。

 俺は再び駆け出した。不思議と体は疲れていない。まだまだ走れる。
 支柱の周囲を右に左に蛇行しながら、逃げ回る。二体のゴーレムは支柱の間から腕を伸ばし、襲いかかってくる。だが、体がつっかえ俺には届かない。ギリギリと石材が擦れ合う不快な音をさせているだけだ。

「やーい。でくのぼう!」

 ゴーレムの手が届かないと確信した俺は、支柱の影で小休憩をしながらゴーレムを煽った。

「ええい! 小僧を捕まえろ」

 今だ。
 魔王の一声で、やつらが動き出す。そのタイミングで抜け出すため、動き出そうとした時──頭の上で不快な亀裂音がした。大きな影が俺の視界を覆う。


「え?」


 巨大な石材が迫ってくる。思わず頭を覆って身を屈めた。


 ゴォオッ! ズシッ! ズシャ――――ンッ!


 ゴーレムの負荷に耐えられなくなった支柱が折れ、俺の側面に倒れてきた。運よく俺には当たらなかった。幸いにも小石が降りかかる程度で済んだ。

「ゲホッ……ゲホゲホッ……」

 さすがにこれはひとたまりもない。
 ゴーレムたちは瓦礫に埋もれ、倒れているだろうと思ったが……。

 俺は目を疑った。
 土煙の中に巨体が浮かび上がる──。瓦礫の巻き添えになったのは一体のみで、もう一体は無事だったのだ。

 大誤算だ。
 俺は震え上がった。激しい身震いのせいで動けない。その場に尻をついたまま、迫ってくる巨大な影をただ見つめていた。

「あ……あ……」

「ふっふっふ。馬鹿め。何が逃げて勝つ戦法よ」

 ゴーレムは俺の目の前。もう終りだ。
 涙は出なかった。ただ恐怖でちびりそうだ。

「ハハハハハッ!! 手こずらせおって。お前が一騎打ちに弱いことなど、見抜いていたわ」

 俺は浅はかだった。そもそもゴーレム五体を倒したところで、肝心の魔王攻略法は皆無。最初から敵うはずなどなかった。

 ここで初めて俺の頬に涙が伝う。潤んだ視界でゴーレムの巨体が歪んで見えた。

 無抵抗を示すために両手を挙げ、床にへたり込んだ。そのまま俺はゴーレムに鷲掴みにされ、魔王の前に差し出される。

「勇者のせがれよ。無様な姿だな。負けを認めるか」

 クックッと俺を蔑む笑い声。俺を見つめる瞳から漂うは死の予感。

「ま、魔王。お、願いだ。見逃してくれ。お、俺と……姉さんの命だけは……助けてくれ」

 声を引きつらせて訴える。追い打ちを掛けるように魔王は俺を煽った。

「お前は余を倒しに来たのではなかったのか?」

「た、倒すだなんて……。そんなつもりは……」

 もうだめだ。
 そう思った時、意識が途切れた。

 気づけば自宅の門の前。口の中は土の味。自力で歩いてきたのか、魔王の転移魔法で飛ばされたのかはわからない。次に襲ってきたのは、全身の疲労感。



【勇者、仲間を求めて】

「……それで、エキドナさんを奪還できずに逃げ帰った君の失態を見て、お父上が激怒したと」

「そうなんだよぉ」

 レスターにここまでの経緯を話し終えたところだ。

「よく生きて帰って来れたねぇ。まぁ、昔から逃げ足だけは早かったもんね」

 鼻で笑われ、反論しようと思ったが俺はぐっと堪える。

 レスターは納得できない様子で首を傾げた。

「でもさ、本当にエキドナさんは魔王にさらわれたの?」

「姉さんの部屋の壁に、魔術で脅迫文が書かれていたんだ。『娘は預かった』って。姉さんの手紙もあって、『さようなら』と書いてあった。きっと魔王に書かされたんだろう」

「ん――」

 レスターは唸りながら思案し、言葉を続けた。

「もしかして、自ら失踪したんじゃないの?」

「自ら失踪? 何でそんなことを」

 言っている意味がわからない。レスターは面倒くさそうに、話を打ち切った。

「まぁ、いいや。僕にとってはどうでもいい」

「どうでもいいわけあるか! 俺は困るんだ。姉さんを連れ戻さないと、無事に千年祭もできない。俺の将来もパァだ。魔王に関する有事は勇者パーティーで対応する使命があるだろう!?」

「だから何? こういうときだけ、勇者の使命感を前面に出すのは気持ちが悪いよ」

  レスターは冷め切った顔で俺を責めた。彼の容赦ない物言いは、いつも俺を素直にさせてくれる。俺は情けない声でレスターにしがみつき、懇願した。

「レスタぁー、お願いだぁ。俺に力を貸してくれぇ」

 先程までむすっとしていたレスターだったが、胸前で組んだ腕をほどくと、機嫌良さそうに鼻を鳴らした。饒舌にペラペラと語り出す。

「ふふっ。やはり君はそうでなくっちゃ。で、報酬は? ……というか、この前の決闘の裏工作の報酬もまだなんだけど? 確か、エカテリーナ・ロッティの楽屋見学付き観劇券だったよね? 今回はそれじゃあ足りないな。僕のためのプライベートステージを」

「はぁ……わかったよ。なんとかする」

 ため息混じりに要求を受け入れる。

 エカテリーナ・ロッティとは帝国内の青少年を夢中にさせている若手女流歌手だ。類に漏れずレスターも彼女に熱狂している。魔王接待で芸術関係の繋がりがあるので、父親のコネを使えばなんとかなる。
 だが、勘当されている身なので、姉さんを救出し、父に認めて貰えなければレスターに報酬を与えられない。つまるところ俺は、レスターの力を借りて、魔王から姉を救出するしかないのだ。

「あとは仲間を集めなくてね。僕の魔力が制限されているせいで、心許ない」

「というと、あいつらか」

 レスターはクイッと眼鏡を直し、とある名前を口にした。

「そうさ。魔剣士の末裔ヨルド・ヴァーレルト、聖女の末裔セシェン・ファーシア。有事においては、彼らの力も必要さ」


この記事が参加している募集

さわなのバックヤードへようこそ! 閲覧ありがとうございます。あなたが見てくれることが一番の励みです。 あなたの「スキ」「感想やコメント」「SNSでのシェア」などのアクションが何よりのサポートです。