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中国のメディア規制とBLへの対応について調べてみた

 メディア事業部のIです。
 
 昨今、中国政府のメディアへの風当たりがさらに強くなってきたことがニュースになっています。

 特にBL。

 これは今に始まったことではありませんが、中国共産党はBLとか同性愛、耽美的な文化事象を規制してきた歴史があります。

 作家さんの身の安全や、ドラマ制作について不安に思われている方も多いのではないでしょうか。

 文化大革命のような、ある文化を確立するためにそれに反する文化を破壊する行為は、中国共産党の文化観によるものです。共産主義的な、社会主義的な、マルクス主義的な価値観が背景にあり、漢民族の守ってきた伝統的な価値観が文革では否定されたこともありました。

 医者や教師といったインテリ層や富裕層への暴力、宗教的建造物や信仰物などの文化財の破壊が行なわれました。政府の方針をもとに国民が暴走した例は中国だけではなく、戦前の日本の廃仏毀釈運動にも見られますが、このような文化破壊への懸念が示されています。

 中国では文革への反省もあり、インテリ層もだいぶ増えたようですから、同じような経路をたどることはないとは思いますが、残念なことが起きている今日この頃です。

 そこで今回は、こうした動きがどんな感じで進んでいるのか、できるだけ原文を引用しながらお話したいと思います。

エンタメ界への規制

 2021年9月2日、国家広播電視総局(国家ラジオテレビ総局)が「国家广播电视总局办公厅关于进一步加强文艺节目及其人员管理的通知」(文芸番組と出演者の管理強化についての通知)を発表しました。

 この通知は「経営管理をさらに強化し、違法・非倫理的なアーティストや「ファングループ」の混乱などを厳しく是正し、党と国を愛する心、業界の美徳と芸術を明確に確立するため」に出されたと書かれており、守るべき細目が示されています。

 この中で三つ目の細目が問題の記述となっています。

三、坚决抵制泛娱乐化。坚定文化自信,大力弘扬中华优秀传统文化、革命文化、社会主义先进文化。树立节目正确审美导向,严格把握演员和嘉宾选用、表演风格、服饰妆容等,坚决杜绝“娘炮”等畸形审美。坚决抵制炒作炫富享乐、绯闻隐私、负面热点、低俗“网红”、无底线审丑等泛娱乐化倾向。
(訳:三、パン・エンタテインメントに断固として対抗すること。また、文化的な自信をしっかりと主張し、中国の伝統文化、革命文化、先進的な社会主義文化を精力的に推進する。 番組の正しい美的方向性を確立し、俳優やゲストの選択、パフォーマンスのスタイル、衣装やメイクを厳しく管理し、「娘炮」のような倒錯した美的感覚を断固として排除すること。 自分の富を誇示する行為、スキャンダル、ネガティブで面白がる行為、低俗な「インフルエンサー」、容姿いじりなどのパン・エンターテイメント的傾向に断固として抵抗します。※)

 これについて見ていきます。

 まず、「パン・エンタテイメント」(泛娱乐)とは、2011年にテンセント・グループの副社長であるCheng Wu氏が提唱した概念で、簡単に言えばネット上での複合的な共生によって知的財産へのファンエコノミーを形成することを指します。

 ゲーム、文学、アニメーション、映画・テレビ、演劇などが対象となるようです。推し(ファン)による経済・社会的な動きのことを指すのだと思います。

 今回重要な記述になってくるのは「坚决杜绝“娘炮”等畸形审美」の部分となります。つまり、「娘炮」のような倒錯した美的感覚(美学)を断固として排除することという記述が問題になってきます。

 「娘炮」というのは、中国で新しくできた言葉で、どこか女性的なところがある男性のことを示す言葉です。日本語でいえば、ジェンダーレス男子がこれに当たります。この文は、ジェンダーレス男子のような美的感覚を持った人を番組で起用してはいけません! という意味となります。

 ジェンダーレス男子について説明するに及びませんが、たとえば、ファッションにおいてこれまでの男性らしさへの執着がない、そういう概念から解放されてファッションを楽しむ男子のことをいうポジティブな言い方ですよね。かわいい服を着たり、化粧をしたりという。

 一方で、中国語の「娘炮」はネガティブな表現のようです。

オンラインゲームへの規制

 2021年9月8日、中央宣伝部と国家新聞出版局の関係者は、中央インターネット情報局、文化観光部などと共同で、テンセントやネットイースなどの主要なオンラインゲーム企業や、ゲームアカウントのレンタル・販売プラットフォーム、ゲーム実況プラットフォームなどに聞き取り調査を行ないました。中国のネット記事では次のように書かれていました。

要加强网络游戏内容审核把关,严禁含有错误价值取向、淫秽色情、血腥恐怖等违法违规内容,坚决抵制拜金主义、“娘炮”、“耽美”等不良文化。
(引用元:澎湃新闻2021年9月8日付 https://www.thepaper.cn/newsDetail_forward_14414540)

 ここでは、オンラインゲームについて、誤った価値観、わいせつポルノ、グロ・ホラーなどの違法・非合法なコンテンツを厳しく禁止し、拝金主義、「娘炮」、「耽美」などの〈不良文化〉には断固として抵抗すべきであるといっています。

 「娘炮」については前述しましたが、「耽美」というのは、日本で生まれた芸術の流れで、耽美主義という言葉が中国で定着し、同性愛的な芸術のことを指すようになったようです。

 日本文学では、谷崎潤一郎をはじめとして三島由紀夫などが作品を残しています。ただ、耽美主義といえば、同性愛以外の内容も含みます。簡単に言えば、一般の道徳には反するが美的には非常に崇高なものを描くぞ! という態度の作品が耽美主義といえるでしょうか。

 殺人やエロ・グロに美を見出していくのはまさに耽美主義的思潮です。三島由紀夫でいえば、初期の『仮面の告白』『禁色』などは同性愛を小説のテーマに含んでいますが、『金閣寺』『午後の曳航』などの同性愛要素がない作品も耽美主義といわれます。純文学以外でも、江戸川乱歩や横溝正史などの殺人を扱った推理小説も耽美といわれることがあります。

 この「耽美」という言葉が中国ではBLを示す言葉として定着したんですね。

 話を戻すと、オンラインゲーム内でのジェンダーレス男子やBL的要素が中国政府により否定されたということなのです。

「不良文化」ってなんだよ

 上記記事で「不良文化」といわれているように、中国政府が「娘炮」や「耽美」を否定していく根拠がどこにあるのかは日本人的には理解不能ですよね。ただ、百度百科で用語を検索していて、気づいたことがあります。

 たとえば、「耽美」を「最早来源于19世纪末流行于西欧的叫做唯美主义的资产阶级文艺思潮中(元々は、19世紀末に西欧で流行した「耽美主義」というブルジョア文学の流れから派生したもの)」と説明しているように、こうした文学形態がブルジョア的な価値観に結びついてしまうという考えがあるのかもしれません。

 ジェンダーレス男子も、たとえば韓流アイドルのように、大きな経済効果をもたらすものがあり、中国国内でもファンエコノミーが成立しています。ファン向けのグッズはもちろん、韓国コスメなどの関連商品が売れていくわけで、これは日本などの資本主義経済の国では当たり前のことです。

 鄧小平以降、中国も資本主義経済の仕組みを取り入れ、発展してきましたが、ここにきて資本主義的・ブルジョア的価値観への規制が強まったように思います。

 それはなぜか、今年、中国共産党が重要な節目を迎えたからといえそうです。今年7月、中国共産党は創立100年を迎え、「社会主義現代化強国」を目指すといいます。この100周年祝賀大会で習近平は演説ではっきりと中国共産党イズムを打ち出しています。発展していく一方で、もう一度創立時のあり方を見直そうという動きがあるわけです。

 中国の文学やBLは以前からこういう動きの影響に対応してきた歴史があります。

 『鎮魂 Guardian』もご多分にもれず、中国大陸版と台湾版があります。大陸版では規制が強くて表現できない描写を描くために、より表現への規制が寛容な台湾版での作品を発表する場合があるのです(安心してください! すばる舎の『鎮魂』は台湾版です)。

 逆に、原作(台湾版)が濃厚なBLなのにドラマではブロマンスになってしまう現象が起きます。これは、ドラマが大陸で作られているからです。おそらく、大陸のBL作家さんたちは規制に引っかからないようにうまく立ち回ってきたのだと思います。ただ、逮捕者が出ているという現状からいえば、こうしたジャンルへ断固とした対応がとられる可能性が高まっていくのかなと思います。

 中国の若い世代はこういう政府の対応にナンセンスだと思っている人も少なくないとききます。アジアで空前絶後(?)のBLブームが起きている中で、一大国がその流れから抜けてしまうのは残念にも思います。みんなで盛り上げていけたらいいのにね。

 とはいえ、やはりものすごい人口と経済力を誇る中国です。新しい優れた作品や作家さんが輩出されることを期待です。

※訳文は翻訳ツールなどを使いながら、文化的な用語については百度百科を参照して書き加えたり、意訳したりしている部分があります。百度百科は中国版Wikipediaのような感じで、中国のサブカルについて知る場合に役立ちます

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