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前略、札幌に住む みさきちゃんへ

一時期、チャットにハマったことがあった。ネットサーフィンしながら何気なく見つけたチャットサイトを時々のぞいては会話をして、なんでもないことを話していた。

そして、「前略プロフィール」というコンテンツも学生の間で流行っていた。いや、クラスの中で話題になるのは、もうちょっと先の話で。

前略プロフィールとは、その名の通り1ページのプロフィールページで、画像を載せたり、自分の名前や好きなもの、ここだけの話、髪型などとりとめのないことを書き連ねるものだ。無料で誰でもかんたんに作れるので、自分のページを持っている人もいた。

そこに、リンクが貼れるようになっていて「掲示板」や「リアルタイム(ツイッターの走りのようなもの)」や「ブログ」をつくっている人は、そのリンクを貼り付けていた。

そのチャットサイトは固定のルームがあったが、「room1」「room2」という味気のない名前。それでも、行きつけのカフェで自分のお気に入りの席があるように、大学の教室でしっくり来るエリアがあるように、なんとなく各ルームのメンバーは半固定されていた。

ある日、チャットに入ると「みさき」と書かれた知らない人がいた。名前は自由に変えられるから、性別はわからない。でも、チャットは文字だけのやり取りだから名前と打ち込まれたテキストでしか人となりを判断できないから、当時の僕はみさきちゃんを女の子だろうと推測していた。

みさきちゃんは、他の女の子っぽい名前(と書くのは気がひけるけど、当時はそう感じていた)の人と違って、淡々と喋るのが特徴的だった。派手な顔文字も、小文字も使わない。冷めているとも違う、フラットなテンション。だけど、一言一言が魅力的な子だった。

どんな流れだったか覚えていないが、みさきちゃんが自分の前略プロフィールのURLをチャットに貼り付けた。これは、チャットの社交辞令のようなもので、全く知らない人同士の会話の種にするために、そして自分が何者かを端的に紹介するために貼り付ける人もいた。

僕は、みさきちゃんの前略プロフィールに飛んだ。貼り付けてある自撮りと書いてある内容からすると、ちょっとギャルっぽい高校生らしい。住んでいるところは札幌。そして、リンクにはブログが貼り付けてあった。

ブログと言っても、noteや今の時代のブログみたいに作り込まれたものじゃない。ガラケーで見る想定なので、簡易的なヘッダーと、タイトル一覧が並んでいるだけだ。内容も、多くの人は日記みたいなことを150〜300字くらいで書いてある。知り合いが読まなければ、全くおもしろくもないし、次の記事を読みすすめる気も起きない。なのに、気づいたらみさきちゃんのブログを最新から過去のものまですべて読んでしまっていた。

内容は、今となっては1mmも思い出せない。日常的なことが書いてあったような気がする。でも、とてつもなく文才があった。チャットのときの、あのフラットなテンションで、独特の視点と言い回しで書かれたブログは、面白くて、魅力的だった。はじめて、人の文章を好きだと思った瞬間かもしれない。

その日から、ブックマークに入れたみさきちゃんのブログを時々訪れては、最新記事の更新がないかチェックした。そして、新しい記事が上がっていれば読み、読むたび好きな文章だなと再実感していた。

しばらく経ってから、僕もブログを書くようになった。みさきちゃんと同じようなサイトで、選べる数も殆どない中で、デザインもブログの構成も同じようにした。けど、文章だけは真似できなかった。みさきちゃんぽく書いて、誰かが更新を楽しみにしてくれるような記事を書きたいと思い、語り口やテンションを真似しても、それは全く似て非なるものになった。

そこからは半ばあきらめて、自分の書きたいことを書きたいように書くようにした。そしたら、書くこと自体の楽しさも見いだせるようになった。

あれから、10年以上経った。
もしかすると、僕がコピーライターという仕事を選んだきっかけのきっかけは、みさきちゃんかもしれない。
僕が札幌という街を好きになったのも、みさきちゃんだったかもしれない。
恋とは違う、この憧れのような感情があったから、僕は今日も文章を書いているのかもしれない。

前略、札幌に住む みさきちゃんへ。
あなたの文章は、一人の人間の人生を変えました。
もし今日も、誰かを変える文章を書き続けてくれていたのなら。
とってもとっても、嬉しいなと思うのです。


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