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シンクロニシティ!光の人☆覚めの道! 伊勢神宮から帰り、あか座が来たの巻⑥

霊能者も宗教も解決できなかった問題を
解決してくれたのは従妹の親友の
専業主婦でヒーラーの真理さんでした。

神に通じる祝詞の奏上の仕方を
教えてくれたのは、絢さんでした。

清め浄化の歌を歌うのは、ちゅりさんで、
未来のビジョンを察知するのは、結(ゆう)さんだ。

K・ありがとうさんは、言葉で人を励まし続けている。
※ちゅりさん、結さん、K・ありがとうさんは、noteで活躍中

伊勢から失意のうちに帰った矢先、
2年ぶりの怪異が起こり、
無力感にさいなまれていた。

真理さんは、この怪異は、伊勢神宮の
参拝と罪と穢れと関係しているという。

真理さんは、
「護られているので助かりましたね。」
※ここが重要で、だから助かった。

穢れとは、怒りであった。罪とは何か?
法律を侵すのが罪ですが、
神仏の世界での人の罪は違うらしい。

旧約聖書の創世記のバベルの塔の話に出てくる。
人が、神仏を軽視し、無視、抹殺し、
自分が正しいと絶対視し、他者は間違っており、
自分に従わせようとする。

自分に利がある人とのみ付き合い、
そうでない人は無視する。

神仏と人の関係が崩れることを「罪」と言う。
ここを人々がやらかすと災害が起こる。
バベルの塔の崩壊のように。

私は、伊勢で人をみて、神を見ず、
真理さんの神託も覚えていない。

人にいじけ、人生にいじけ、国にいじけ、
神にいじけた。
神との関係性が崩れたのだ。

御札も、護符も、マントラも、祝詞も、
神仏との一体感の方便でしかない。術だ。
術は塞がれれば何も意味がない。

罪穢れを、お祓いに求めても、
除霊などその場しのぎに過ぎない。

穢れ=怒りの感情は、自分で静めるしかなく、
罪=神との関係性も、自分で構築するしかない。

神仏は、人生の随伴者、同行者、パートナーと言う感覚。
神仏に護られているので大丈夫と言う感覚。
幸、不幸を神仏からの学びととらえる感覚。
相手をおもんばかる慈悲の心。
神聖さ。
これ以上の魔除けはない。

怪異時に無力の私を救ったのは
「神様助けてください」だった。
最強のマントラだった。

神と一体の感覚がないといともたやすく邪にやられる。
一時の栄光と栄華をもたらすも落とす。
鬼滅の鬼たちも「いじけ」で鬼になったのだ。

そこがわかったら最高の祝福のオチが待っていた。
そんなことあるの?ドラマか漫画だ。

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