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自分の心に素直に生きる
結婚は一度きり、結婚は続けるもの、そうとも限らない。
なぜって?だって、私は3回結婚し、結婚は続けるものとは思ってこなかった。
私には21歳になる大学4年生の息子がいる。一度目の結婚をした24歳、翌年25歳で彼を産んだ。
真っ赤な猿みたいな存在に、私の心は愛おしい感情で支配された。
私の中に【愛】が生まれた日だ。
その息子と共に、3人の結婚相手と生活を共にしてきた。
息子にとって実の父親の記憶は皆無で、記憶にあるのは『知らないおじさん』ばかり。彼にとってそれは、そう悪いものばかりでもなかった。
・
ここ2年ぐらい、この大切な一人息子から『結婚離婚を繰り返してきたこと』を指摘されてきた。事実は事実、彼の口から発せられることも、自分がしてきたことも受け入れたつもりだったが、まだまだそうではなかった。
つい先日息子と大喧嘩をした。二人で涙を流しながら、感情のまま言いたいことを言い合った。感情に任せ言ったので、一つ一つの言葉を覚えているわけではないが、途中から違う涙があふれ大号泣した。
・
『自分の心に素直に生きれないなら、母は生きる事を選ぼうとは思わない。』
これは思わず出た私の言葉だ。
息子は涙を流しながら、『でも、今の世の中では自分の心に素直に生きれないやんか!』
私はいい母親ではなかった。息子のために我慢をしてこなかった。
世の中では、親になったときから『親たるもの』という被り物を被らせられる。子供のために、家族のために、親である前に『自分である』にも関わらず、誰も『自分のために』とは言ってくれなかった。私は『自分のために』、自由に素直に生き、その姿を息子に見せてきた。
自分の外界では、結婚を継続できない、子供がかわいそうだ、3回も結婚して何も学ぶことができない、そんな言葉をこの世界のどこかの誰かが思ってたかもしれない。
でも、息子とケンカをして気づいたことは、他の誰でもなく外界でもなく、自分のことをそう決めつけ、自分に縛られていたのは自分の内、すなわち私自身だった。
自分がしてきたことを引け目に感じ、自分自身を受容できてなかった私がいた。息子の何気ない言葉が私の心を突き刺し、深い意識のどこかで自分を責め続けていた。
彼は自分が発した言葉で、母親が母親自身を責めている事に気づき、涙を流し続けた。
『俺は、オカンを憎んでない。自分の心に素直に生きることを見せてきてくれた。物理で真理を追究するために大切なことってな、自分の心に素直でいることやで。』息子は、そんなことを言うではないか。
私は久しぶりに大号泣をした。
勝手に私は、息子から憎まれていると思っていたのだ。ところが、自分を憎んでいたのは、もう一人の自分自身だったかもしれない。
よく考えたら、私は息子を憎まない、なら、息子も私を憎むはずがない。
それが、親子というものだろう。
私は3回結婚した。その度に息子を『知らないおじさん』との生活の中に巻き込んできた。そのおかげ(?)で彼は『自分の心に素直に生きていいんだ』ってことを学んでくれた。この度の大喧嘩で、私は大切なことを息子に伝えてた、と彼の口から知ることができた。
私は、世間一般にはいい母親ではない。でも、彼が『自分の心に素直に生きるため』に、一番側で受容し支えることができる最高のサポーターだった。
それを教えてくれたのも息子だ。
次こそ、3回結婚したことも、息子にしなくていい経験をさせたことも、色んなことを自分の心に素直に生きてきてしまった自己を受容することができた。その突破口を開けてくれたのは、大切な大切な一人息子だった。
少し前に言われた言葉でずっと心に残るモノがある。
『どうしてオカンは、こういう息子になってほしいとか、こういう仕事をして欲しいとか、こう生きて欲しいとか言ってこないんや?普通親は言うやろ?』
質問をされて長い時間が経ってしまったが、大喧嘩の日、これに対する答えを彼に伝えた。
『あなたがあなたで在り続けてくれればそれだけでいい。』
『あなたがあなたの心に素直に生き続けてくれたらそれだけでいい。』
彼は、ティッシュを大量に取り、泣きながら鼻をかんだ。
彼と大喧嘩して3日目、妙に優しい183㎝21歳メンズが側にいる。
産まれてからずっと側に居てくれてありがとう。
ずっと側で見ててくれてありがとう。
こんな母親でごめん、許してね。愛してるよ。
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