見出し画像

お部屋

ぽこん、泡が一つ産まれた。
ぽこんぽこんぽこん、泡が次々と産まれてきた。

私は泡に包まれている。
いや、ずっとその泡に包まれることを切望していた。
泡には「懐かしさ」「幸せ」「癒し」そして、「安心感」が凝縮されているように感じた。

彼に近づく。
私の手が届くところに彼がいる。彼に会えなくなってから1年半の月日が流れていた。「会いたい」ずっと持っていたその想いは叶うことなく年月だけが過ぎ去っていた。1年半後の今日、目の前には彼がいる。不思議だ。
あれほどまでに彼を求めていたが、彼に近づくことさえできなかった私が、簡単に彼と会うことができた。
あの一人の時間は一体なんだったんだろう?

彼の腕の中に私が存在し、私のすぐ側に彼が存在する「今ここ」。
沈黙の時間が流れる。
「何を考えているの?」彼が私に聞く。
「今ここにあなたがいることを感じている。」私は答えた。

思いっきり彼に近づくと、自分が彼に同化しそうな感覚がした。
私と彼が存在する「今ここ」は、正しく感じることができ、確かに感じることができ、生々しい時間だった。

「時間ってなんだろう?」
私の中に一つの疑問が産まれた。

産まれてから今まで数えきれない人と出会い、沢山の経験をしてきた。
あの時間は一体なんだったんだろう?私は生きていたのだろうか?
あの頃の私はこの世界のどこか違うところに存在しているのではないだろうか?
彼の腕の中で、次々と生まれてくる疑問を私は考えていた。

もしかしたら、人間は「今ここ」にしか存在していないのではないか?
私の身体は細胞の集合体だ。突き詰めていくと、原子の集合体だ。
もはや、私が存在しているとも言えないのではないだろうか?

何もせず「安心感」が凝縮された泡に包まれながら、ただただ私は、泡の一部になりたかった。

「おかえり。」「ただいま。」
私と彼が一つの大きな泡の中に溶けていき、次々産まれた泡がその瞬間を祝福してくれた。
その時、「私は存在している。」そう感じることができた。

そして、部屋中が泡に包まれていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?