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カビアドバイザー

ある日仕事から帰ると、我が家では大掃除が始まっていた。
ラックハンガー、勉強机、衣装ケースなどがリビングに我が物顔で鎮座していた。その横では、何やら息子が必死に拭き掃除をしている。
窓、窓辺、机に衣装ケースにとありとあらゆるところをピカピカに拭き出した。

我が家の息子は大学4年生だ。
彼の部屋はいつも散らかり放題で、「たまには片づけたら?」そんな母親の言葉にも決して耳を貸さない。そんな息子が大掃除を始めるとなると、我が家にとっては一大事件なのである。

少し前まで彼は自分の進路に頭を悩ませふさぎ込んでいた。
日常でその姿が目に入ると、特に私は口を出す事もなくただじっと見守ることにしている。
憂鬱な気分で毎日を悶々と過ごしていた彼が、ある日突然動き出したのだから驚くのも無理はないだろう。
「何があったのだろう?どんな心境の変化があったのだろう?」
私は1人想像を張り巡らしてみた。


彼を育ててきた私は、幼い頃からあまり干渉をしてこなかった。
悪く言えば「ほったらかし」、よく言えば「自律」を育ててきたともいえるだろう。
彼は自分の目で見て感じて考えて、何でも自ら選択をしてきた。
だからか、私は彼の存在をまるごと信じている。
本人の要望を私に伝えてきたとき、私ができることを必死にする、このスタンスは今も変わらない。


今回の大掃除は毎日少しずつ取り掛かり数日を要した。
その度に、「雑巾買ってきて。」「除湿剤買ってきて。」「ラックハンガーのカバー買ってきて。」と色んな要望が次から次へと飛んでくる。
「私はパシリか…。」その言葉をグッと飲み込み、一つ一つの要望にできる範囲で答えるのが私の仕事だ。


先日部屋の隅に広がっていたカビに手をつけ、カビとの格闘が始まった。
どの方法でカビと対決するか?彼にとっては初めて挑む対決だ。
我が家の掃除担当である私は、カビとの対決は慣れたものである。

酢と水を混ぜ合わせたもの、重曹と水を混ぜ合わせたもの、それを壁に吹きかけメラニンスポンジでゴシゴシこすると、カビはアッという間に消えていく。メラニンスポンジとは100均で売っている「激落ちくん」のことである。我が家には無くてはならないものなのだ。

それをよく知る息子が私に声をかけてきた。
「今からカビを取るよ。カビアドバイザー頼むよ!」
「カビアドバイザー?」世の中には腐るほど資格があるが、はてそんな資格はあっただろうか??

彼にとって私の存在はそんなものだ。
「自律」は育ってくれたように思うが、まだまだ「自立」の匂いはどこからもしない。
そう考えながら私は「カビアドバイザー」に徹した。

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