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一番初めの記憶

目の前に小さな穴があった。
その穴へ向かって頭を突っ込み、身体をくねらせながら細い路を必死に通り抜けていった。その先は明るく、そこに一人の男性と女性が待っていた。


「どうして、こんなことをするの?」私は泣きながらその女性に聞いた。「私にも分からないのよ。」彼女の声が風に乗って落ちてきた。
その女性の側には一人の男性がほほ笑みながら、私と彼女の会話をただじっと聞いてくれていた。


幼少期に母親が父親と離婚、私は母子家庭で父親の愛情を受けずに育ってきた。人生で沢山の失敗もしてきた。
いや、「失敗」という言葉で表現するのが適切なのかどうかは分からないが、親の望む人生を歩けず、結婚と離婚を繰り返し、スマートとはかけ離れた不細工な生き様だったのだろうと思う。

生まれてこなければ死を経験せずに済むにも関わらず、私はわざわざこの世に産まれてきた。
「なぜだろう?」そんな疑問をずっと持って生きてきた。あの日誕生してからの私の人生のゴールは「死」だ。私だけに限らず人はそのゴールへ向かって、笑いあり涙ありの一日一日を懸命に生きていくのだ。
それが不思議でたまらなかった。

細い路を潜り抜けたときに見えた一人の男性の姿。あの彼の姿が私の脳裏にへばりついている。あの記憶は一体いつ頃の記憶なのか必死に思い出そうと生きてきた。


私にとって寝ることは【創作の時間】、全力で生きることは【生の細胞たちを活性化】させることである。私にとって静と動を生きていくことは毎日が大忙しなのだ。だからか、忙しい毎日に埋もれ自分の心を見失い、なかなか思い出すことが難しかった。


「どうして、人は生まれようとするの?」私は大声で泣きながら女性に聞いた。
「それは誰にも分からないのよ。」女性が答える。
私たちの会話を包み込む優しい笑顔。


人生という舞台でジタバタしながら生きてきた私の無様な姿は、細い路を必死に通り抜けようとする自分の姿の記憶とシンクロするのだった。

ある日の朝、夢から目覚めた私が創作したあの記憶は、私がこの世界へ出てこようとしている時間の記憶だった。
私にとって一番初めての記憶は、両親の元に産まれたときの記憶だったのだ。
あれから長い間続けてきたその旅は今もまだ続いている。
いつまで続くかは分からないが、ようやく思い出したこの記憶を胸にこれからの時空を刻んでいくのだ。


「やっと会えたね。愛しているよ。」
目の前に現れた男性が私にそう話しかけてくれた。

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