Rくんのスーパーセーブとハイパーオウンゴール

なぜか突然脳の奥からまとまった記憶が発掘されたので、思い出した順にそのまま記録しておきます
ですます調で日記を載せている方々の文章をたくさん読んだ結果、文体がこうなりました

                                        §

私はかなりひねた子供だったので、
小学校の時に入っていたサッカークラブで、コーチか誰かから
「他の奴と比べて色が白すぎる!!これはお前がサボっているからに違いない‼️」みたいなことを言われたのをきっかけに、
「頑張ってもこの扱いなら、もっとサボっててもバレないでしょ‼️いっぱいサボろう‼️」と決意しました。

その結果、練習中は休憩できそうな隙を常に伺っている子供になってしまいました。


そもそもの発端となった私の色白加減といえば、「サッカー部の中では…」とかの次元ではなく、
帰宅部の友達と写っている写真を見返しても明らかに白かったので、今になってみればそう思われても仕方がないと思います。

我の強い転校生のKくんに、仲良くなる前から「アメリカ人」「ドイツ人」「ロシア人」と徐々に北上していきながら様々な白色人種のあだ名をつけられ続けたのも納得の見た目でした。


このサボるスタンスが極まった結果、傍から見て試合中は1歩も動かなくてよさそうだったゴールキーパーに転向し、
フィールドプレイヤーだった頃とは比べ物にならないペースで砂まみれ・泥まみれになる選手人生に半泣きになりながら、いつもコートの奥で立ち尽くしていました。

雨天決行の練習試合でキーパーのスタメンになってしまった際には、コート中を走り回ることを許されているポジションのありがたみを痛感しました。

雨の中、サッカーに適した薄くて通気性のいいユニフォームを1枚だけ着て、
試合終了まで棒立ちのまま、雨と風と下半身に染みてくる泥に耐えていた結果、

あまりの寒さに関節が固まり始めるという、人生の中に1秒たりとも必要のない経験を積む羽目になったからです。



ちなみに私がこの時スタメンになった理由は技術や熱量を評価されたからではなく、

チームで1番ガタイがよくて、キーパーが上手だったRくんが、校長室の窓にボレーシュートをぶち込んで大破させ、謹慎になっていたからです。

大人から彼の代わりに仕方なく選ばれた私は
比較的真面目で、問題を起こさないだけの、チビで色白なサッカー少年に過ぎませんでした。


この事件が起きた時、校長室の窓にボールが吸い込まれていく瞬間を見ていたのですが、
こんなにベタで漫画みたいな怒られの原因が現実に発生したことが信じられなくて、その場で普通に笑ってしまいました。

現場に漂っていた「絶対怒られるじゃん……」の空気にそぐわなすぎるなとは瞬間的に思ったのですが、それより更に早く笑いが射出されたため、堪えることができませんでした。

しかし、たまたま絶妙に音が聞こえない感じの笑い方になったおかげで、周囲にバレずに耐えたところだけ記憶が妙に鮮明です。

人の失敗でめちゃくちゃ笑ってしまった上に、それを隠す努力をひとつもしていなかったにもかかわらず、何事もなく乗り切れてしまったことに対するラッキー感がそれだけ強烈だったのでしょうか。


Rくんはこの手のやらかしを短めのスパンで連発するワルガキだったので、最終的にコーチ達は彼のスタメン起用を諦めてしまい、
栄えある背番号1番のユニフォームと正ゴールキーパーの座が、繰り上がりで私のところに回ってきてしまいました。

ただ、これは今になってもはっきり言えることですが、私よりも彼の方が明らかに優れたキーパーでした。

私は、彼がPKの練習でキッカーの目線から弾道を読み、的確に反応して完璧なセーブをしてみせたところを見たことがあります。

Rくんがあまりにも自然にやってのけたせいかチーム内でもそんなに話題にはならなかったものの、あの鮮やかなセーブは相当凄かったと思います。
今になって思い出すくらいですから、きっととんでもないプレーだったのでしょう。


今になってあのスーパーセーブがスルーされた原因を考えてみると、前述の通りRくん自体が問題児だった上、周囲から稀代のアホとして認識されていたことが原因だったのかもしれません。

どんなにすごいプレーをしていたとしても、「まあ、Rだし偶然か」と思われてしまったのでしょうか。


確かに、彼が自ゴール前のこぼれ球をクリアしようとして、全力で蹴ったボールが目の前にいた敵選手に直撃し、そのまま跳ね返ってゴールになった時は、私だって彼の脳みそを疑いました。

こんなに敵選手が目の前にいるんだから
そりゃ全力で蹴ったら跳ね返るにきまってる

Rがこの無駄すぎる失点を発生させたのは、練習試合どころではなく普通に公式戦だったので、
ゴールの直後にはコートにいた全員が状況を把握できずに数秒間棒立ちになる空白の時間が生まれました。

急にボールが飛んできたと思ったら、勝手に自分のチームに1点加算されていた敵FWの彼が誰よりもびっくりしていた気がします。

Rは誰よりも飄々としていて、すぐにボールをゴールネットから出してきて試合再開に備えていました。
動揺してなさすぎる。

それでも、そういう人が異常に鋭い野生の勘を持っているというのはありそうな話だろうと思ってしまいます。



うちのチームはフィールド用のユニフォームが鮮やかめの赤だったので、そことの釣り合いを考えたのか知りませんが、
キーパー用のユニフォームは嘘みたいにライフセーバーに適した蛍光の黄色で、ご丁寧にソックスまで同じ色で統一されていました。

こんな気合いの入ったデザインではないにしろ、
コートに1人だけこのド派手色を着た少年がいる状態



基本的にサッカーのコートは自然まみれなので、とにかく虫を呼び寄せるこの色合いは、
潔癖気味の小学生にとってかなり最悪でした。

下腹部に止まった小さすぎる羽虫を見つける度に、「このユニフォームを考えた人、絶対サッカーをやったことないだろ」と思いながら必要以上に力を入れて虫を遠くへ投げ飛ばしていました。

後方でじっと動かずに戦況を見ている時間が、虫退治に費やされていていいはずがないからです。

虫を放置していたら、ボールへ滑り込んだ時に彼らが全員潰れて
「確実に手洗いでしか落ちない体液のシミ」を作られてしまうので、そのままにしておくわけにもいきません。

そんなことをしているうちに、指先が覆われたキーパーグローブを外さずに虫を弾き飛ばす技術だけが向上していきました。


そんな欠陥を抱えた上でも、この1番の刺繍は
クラスの背の順ですら前半のパートを担当していた色白の少年が着用するには少し重大すぎて、
卒業するまでチーム内では私も含めて誰もがしっくりきていなかった気がします。

背が低い色白の男子小学生が、「みんなのものよりも多めに責任を宿している重大なもの」を託される機会なんてほとんどないからです。

「本屋で1番デカい恐竜図鑑」とかでも持て余すくらいなのに。


そんな責任に耐えかねた私は、とにかく無心になれる環境を欲していたのか、数ある練習の中で何故か走り込みに夢中になりました。

そもそも体格的にキーパーとして出来ないことが多すぎる状態で、焼け石に水でしかない小手先の技術を磨く時間がとにかく苦痛だったんだろうと思います。

仲のいいチームメイトとコーチまで集めて
「早朝に近所を走る会」みたいなものを結成し、毎朝走り続けていました。

小学生のくせに、わざわざ早起きをして訓練を積む習慣を己に課していました。
自発的に始めている分、部活動の朝練よりもストイックです。
あの頃は、大人になった現在の自分より遥かに勤勉でした。

何故これができるのにサボり目的でキーパーになろうとしたのでしょうか。


そんなことを続けていたら、6年生になる頃には体力テストのシャトルランの成績が急激に伸びてしまい、学年1位を飛び越して校内1位になりかけたりしました。
しかし、それもひとつ下の学年で目立っていたフィジカルエリートのサッカー部にあっさり抜かされ、校内に「なんかシャトルランで1個下に食い下がって終盤めちゃくちゃ粘ってた色白」という奇妙な印象を与えました。

結局小学校いっぱいでサッカーも走り込み会もやめてしまったので、使い道のない持久力だけが備わった状態で中高に進学することになります。
私にとっての体力テストは「パッと見あんまり運動とかできなそうなのにシャトルランで最後まで残ってて不気味な色白」という嫌な印象を毎年生み出す行事と化しました。



そんなこんなで数年間のサッカー人生を駆け抜けた結果、
私は「毎日グラウンドで努力してきたにしてはあまりに色白で、そんなに上手くもないのに蛍光の黄色の1番のユニフォームを着ている、シャトルランが得意なキーパー」として小学校を卒業しました。


最後は明らかに王道のサッカー少年とはかけ離れたところに着地してしまったため、そういう話題が出た時でも、安易に「昔サッカーやってて、」などと言わないように気をつけています。
サッカー経験者の人たちがみんなこのルートを辿ってきたわけがないからです。

この記事が参加している募集

部活の思い出

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?