VTuberは「ハイテク異性装」ではない。とある記事への補足

先日、「Libération」(リベラシオン) 」というフランスのメディアに私たち学術系アイドルVTuberユニット「Holographic」を含む皆さまが取り上げられました。
取り上げて頂いたことはとても光栄なことで嬉しかったのですが、実際に書かれた記事と私たちが話した内容にかなりの相違があったので、ここで改めて筆を取らせて頂きました。

経緯

今年の6月に、フランスの学会で日本のアバターコミュニケーションについてお話する機会を頂きました。学会のテーマは「新しいテクノロジーによる"変身"は人々のアイデンティティーにどのような影響を及ぼすのか」。私たちには「ジェンダーとアバター」を中心に扱って欲しいとのオーダーがあり、テーマとして選んだのが「バ美肉」。バ美肉とはどのようなものか、なぜ美少女アバターをまとうのか、それをまとった人たちはどのような心理変化があったのか…などなど、2年に渡って様々な方々から教えて頂いたことを酸いも甘いも交えてお話しました。

「私たちはここで生きています」と幸せそうに語るVTuberやVRChatユーザーのドキュメンタリーを放映する反面、アイデンティティの連続性・他者承認・ジェンダーに関わる課題があること。Holographicが紹介する事例はVTuberも含めたアバターコミュニケーションの中でもごく一部であることをハッキリ述べています。かつ一部であっても具体的なトラブルが出ているのは確かなので、少数とはいえ無視できないとも説明しました。

が、結果取り上げられたのは、そのポジティブな効果が日本のブームであるかのような内容でした。
(少なくとも)私たちはそのようなことは一言も言っていません。

日本の興味深い現象を取り上げ解説するのがこの記事のポイントのようですから、ネガティブな面を扱わないのは理解できます。しかし少数ということを前提としているにも関わらず、それがすべてのように捉えられる書き方をされてしまったことに、私はとても危機感を覚えました。
特に私たちはトラブルによって死に至る直前まで行ったケースも紹介していたので、私に関してはアバターの取り上げられ方にはとても慎重になっています。

ちなみにフランスで発表した内容のスクリプト(音声書き起こし)をすべて渡しています。それでもということは、私たちの伝え方に問題があったのだと思っています。あとは翻訳。ニュアンスが違ってしまうのは仕方ない…今回のフランスの発表をベースにした日本の某会議が記事化されたものは、私の意図を汲み取って頂いた上にさらに分かりやすくなっていた点からも(思いっきり真名が出ているので、このnoteではリンクしていません)。

相違点

フランスの学会で発表した内容は別記事化するとして、まず相違点について記します。記事についてはフランス語の元記事を機械翻訳したものと、こちらの翻訳された方がいる記事双方を参照しました。翻訳された方のこちらの記事も(私たちのパートにおいては)機械翻訳と異なり曲解されている部分があります。
ただこちらの場合は不正確な部分があることをあらかじめ断って頂いているので、言及は控えさせて頂きます。断りがあるということは、お仕事として受けたものではないと考えられますので…

元記事を参照し「引用」という形で記します。

●引用元 : VTuberは「travestissement(トランスヴェスティズム・異性装)」か? はい、Holographicの2人はそう答えます
言っていませんが、誤解された要因としては下記だと思われます
・バ美肉の多くが「男性が美少女アバターをまとうこと」と捉えられている
・自由に自己表現できるメイクになる
・バ美肉ユーザの中で静かな女装ブームが起こったこと

●引用元 : 化粧と異なる点は、アバターは魔法の杖のようにまとった人の身体を隠し、認識できないようにすることです
→これも言っていない。むしろ自分が生きてきた生身の身体の歴史・記憶を捨てることは簡単ではないために様々なトラブルが起きていると述べています。原因としては下記だと思われます
・アバター文化の一側面を「旧2ch(現5ch)などのインターネット匿名文化から続く半匿名文化」と捉えている
・アバターを「リアルアバターを脱ぎ捨て、枷を外した姿」と表現する人もいる
・私たちは日本におけるアバターを「生まれつきのアイデンティティに限定されずに行動するための、インターネットの匿名文化から続くもうひとつの姿/アイデンティティ」と捉えている
・それはある人にとっては洋服のように気軽に取り替えが可能なものであり、ある人にとっては「この姿/アイデンティティで生きていきたい」ものである
・アバターによって「もうひとつの姿」を自分自身でデザインして生きることが可能になりつつある

●引用元 : 彼らが空想し自分の手で作成したアバターは彼らの真の自己、最も本物の鏡です
→これは私たちの内容ではなく記者さん独自の考えだと思われますが、私たちの内容に続けて書いていることから、関連性が想像できてしまいます。
・「アバターとしてもうひとつの現実を生きていきたい」というモチベーションを持った人たちがいる
・生来のジェンダーではなく、「美少女」としてのアイデンティティや生き方を望む人々が出てきた

ということは述べましたが、すべての人がそうではありません。アバターやアバターとしてのアイデンティティは、ある人にとっては気軽に取り替えが可能なものであり、ある人にとっては「この姿/アイデンティティで生きていきたい」ものであると説明しました。

おそらく、アバターなどによってなりたい姿や本当の自分の姿を見出した、という持っていき方をあらかじめ決めていたのだろうと思います。だから私たちが本当に伝えたくて何度も繰り返し述べている「ゲストさんいわく、アバターは毒にも薬にもなる」こと…「アバターはアイデンティティをデザインできるという特性から、自由に振る舞うことができるというひとつの可能性とアイデンティティの連続性・他者承認・ジェンダーという3つの課題がある」ことは扱わなかったのだと思います。

今回の記事は書かれた内容に間違いないかの確認がなかったことからも、仕方ないかなと思っています。
フランスの学会で何を述べたのかは別の記事にしたいと思います。
相違点を書くことは記事にケチをつけてしまうことにもなりますが、ごく一部と紹介していることを日本のブームかのように言われてしまったことに危機感を感じた行動とご理解頂けますと幸いです。

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