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失敗で自分を知り、助けられながら、今日も続く。

私は要領が悪い。仕事を覚えるまで、とにかく時間がかかる。

変なところにこだわってしまい、変に他人を気にしてしまう。仕事の失敗は数えきれない。



コールセンターで働いていた時期がある。

パソコンを販売する部署だった。パソコンを買いたい方、購入を検討中の方の電話対応をする。

当時の私にパソコンの知識はなく、CPUとは何者なのか、OSは何を指すのか、メモリはどれぐらいあればいいのか、とにかく何も分からなかった。


研修についていけなかった。

入社の時期が少し遅れ、研修に参加したのは私とAさんだけ。Aさんはコールセンター勤務は初めてだったものの、量販店でパソコンを販売していた経験がある。知識は充分にあり、講師に質問されると的確に答えていた。


講師は私がいないかのように、研修を先へ先へと進めた。私に質問がきたのは初日だけだ。講師とAさんだけの会話が進む。内容はどんどん進み、どんどん深くなる。


研修中に私は「分からないので、もう一度お願いします」とも「質問いいですか?」とも言えなかった。私のせいで研修を止めるのは申し訳なかったからだ。

年度末の多忙な時期。研修を2週間ほどで終え、早くコールセンターで実務をこなす。それが大事だと変に悟った。

ネットであれこれ調べられる時代だし、「分からない箇所は自宅で調べて復習すればいいだろう」とも思った。Aさんは理解しているのだ。ついていけない私が悪い。

他人を基準にし、変に気を遣って、自分を追い込んでいた。



研修は別室ではなく、コールセンターと同じフロアで行なった。数m先では実際に電話対応中の方々が働いている。

1週間経った頃、そばに座っていた男性から声をかけられた。

「業務が始まるときに分かりやすい資料をもらえるから、大丈夫。それ見ながら話せるから、今は心配しなくて大丈夫」

男性は50代だろうか。電話している姿は見たことがなく、社員の方と話しているのを何度か見た。おそらく役職がついている方だ。


声をかけられたのは休憩中。Aさんは席を外し、私は研修の内容を理解しようとただただ資料を見ていた。

──大丈夫。今は心配しなくて大丈夫。

どっしりとした言葉は心強く、とても勇気づけられた。少しだけ溶けた不安が、今にも涙に変わりそうだった。


だが、そう簡単に上手くはいかない。

分からない箇所は自宅で調べても理解できないし、暗記したい箇所は膨大すぎて覚えられなかった。あまりにも知らないことが多すぎる。

CPUの型番の見方を覚えたばかりなのに、「この場合はどのノートパソコンを勧めるか?」「デスクトップの〇〇と△△では何が違うか?」なんて答えられない。

研修中に質問しなかったのは、大きな失敗だと思った。余計に問題をこじらせてしまった。



コールセンター勤務も初めてで、研修中はとにかく不安しかなかった。

いつまで経っても、つぎはぎの知識。慣れない敬語。上手に話せる気がしない。

電話しながらの対応は、とてもとても難しい。質問に答え、商品を買ってもらえるように提案し、方言を出さずに話す。電話中は会話しつつ、メモを取りながら、資料を見ながら、どう説明しようか考える。

そんな私に、ふと届いた「大丈夫」。

本当に本当に心強かった。とても大丈夫とは思えなかったけど、大きな支えだった。



どうにか研修を終え、テストに合格し、ついに本番。

机には研修中に受け取った資料と、つまずきやすい箇所をまとめたノートを置いた。研修後、確かに分かりやすい資料をいただき、パソコンのモニターにその資料を映した。


最初に担当したお客様は購入に至らなかったものの、意外にもスムーズに話せた。ガッサガッサと資料をめくり、ノートを見て、モニターに指を差して確認。とにかく丁寧に対応しようと心がけた。

真横では、先輩がイヤホンで私の対応を聞いている。時折メモで助け舟が来た。

電話が切れると、先輩は
「良かった、良かったよ」
と笑顔で喜んでくれた。1人目の対応を無事に終え、やっと私も笑顔を取り戻した。



なんと、本当に大丈夫だったのだ。

方言でアクセントが少し変ではあったけれど、対応は変ではなかった。ノートとメモと分かりやすい資料でなんとか乗り切った。

先輩から
「こう話すと、購入につながったかもしれないね」
とアドバイスを受け、また心強い言葉をいただいた。



電話対応を日々行なうと、当然ながら経験が増える。よく聞かれる質問をだんだんと把握した。

研修中の私は変にこだわって、隅々まで暗記しようと、全部を理解しようと、あたふたしていた。時間がかかり、焦ってばかりだった。

実務が始まり、すべての情報を覚える必要はないと気付く。言われたとおり、心配しなくて大丈夫だった。肩の荷がドサッと下りた。



時間が経つにつれて、パソコンを購入するお客様が少しずつ増えた。

購入額はランキング化される。私は常に下から数えた方が早かったので、絶えず工夫するしかなかった。


そして、私は絶えず運が良かった。「大丈夫」と声をかけてくださった男性以外にも、心強い方が何人もいた。


対応中に分からないことがあれば、ヘルプデスクと呼ばれる部署にチャットで質問できる。ヘルプデスクの方には、それはもう大変お世話になった。


電話対応がスタートして約1ヶ月後、どういうわけか、滅多に来ない質問が続いた。

チャットで質問し、
「こちらに来れますか?」
とヘルプデスクのUさんに呼ばれる日が続いた。

話を聞くと、確かにチャットでは説明が難しい内容。時には、パソコンの部品を手に説明してくださった。


チャットし、ヘルプデスクへ小走りで向かい、内容を理解し、小走りで自席に戻り、お客様に伝える。これを数日繰り返した。

“滅多に来ない質問”の概念は、もはや私の前で意味をなさなかった。
「こんなに続く?」
と、引きの強さをUさんと笑った日もある。

が、余裕はまったくない。質問に答えるのに四苦八苦し、失敗を重ねながらどうにか対応を続けた。


対応に追われていたある日は、Uさんが私の席までわざわざ来てくださった。ヘルプデスクの方が席を外すのは非常に珍しい。

私は相変わらずランキングの下位。私が何かしでかしたと思ったのか、数人がこちらを見ていた。視線が痛い。

チャットで質問した内容を見て、
「いやー、これを対応するのは酷よ。別の部署に変わってもらおう」
とUさんが提案。上司に伝えて了承され、別の部署に対応をお願いした。


そのコールセンターでは、電話を取った人が最後まで対応しなければならない。理解しがたい質問が来ても、クレームが来ても、「上司に変われ」と言われても、誰かが対応を変わることは絶対にない。

つまり、私が担当していたお客様を別の部署が引き継いだのは、異例だった。Uさんがいなければ、対応を続けていたかもしれない。感謝するばかりだ。


難解な質問が続こうと、私にできるのは真面目に丁寧に対応することだけ。自席とヘルプデスクを小走りで行き来し、必死でメモを取り、覚えた内容をすぐさま伝え、「買います」に励まされ、日々を駆け抜けた。

やがて付箋を使い始め、黄色やピンクでモニター周辺を彩った。資料を見る手際が良くなり、ノートは見ないページが増え、すらすらと質問に答えられるようになった。

いつの間にか、研修で一緒だったAさんよりも成績が良かった。



私の失敗は数えきれない。

「こんなことも分からないのか」と呆れられた日も、私の不手際で返品対応になった日も、理不尽なクレームを数時間対応した日もあった。


失敗すると、できていないことの輪郭が明確になる。

知識が足りないのか、説明が悪かったのか、タイミングが悪かったのか、失敗して気付く。

できていないことを減らせば、失敗はおのずと減る。工夫して、同じ失敗を繰り返さないようにすればいい。


しかし、私は要領が悪い。失敗し、できていないことの輪郭が明確になっても、できるようになるまで時間がかかる。

研修で習っていない、資料にもない、予想外の質問が来た日もあった。泣きながら対応した日は、今思い出しても胸がギュッと締め付けられる。


幸い、大きな失敗はない。

小さな失敗で済み、少しずつランキングが上がったのは、ヘルプデスクのUさん、先輩、上司など、たくさんの人に助けられたお陰だ。

いろんな人に助けられた。何度も何度も何度も。



私の大きな失敗は、変に我慢していたことだ。

──私のせいで研修を止めるのは申し訳ない。
──帰って調べればいい。
──今は忙しそうだから、後で聞こう。
──請求書が届くまで待とう。

「これを対応するのは酷」と言ったUさんの他にも、「無理して待つ必要ない」「こうすると早いよ」と言ってくれた先輩もいた。

失敗に気付き、少しずつ我慢をやめた。


気付かなくとも、研修で言えなかった「分からない」は、実務が始まれば言うしかない。

分からないことを放置し、お客様に保留音を長々と聞かせるわけにはいかない。変に何かをこだわったり、他人を気にしたりする余裕など微塵もなかった。


我慢をやめて、助けを求め、試行錯誤し、1歩ずつ進むと、どうにか結果につながった。

「次パソコンを買うときも、あなたにお願いしたいわ」
なんて言われた日もある。そんな日は、鼻歌交じりでスキップして帰った。


・ ・ ・


数ヶ月後に違うコールセンターで働き始め、失敗がとても役に立った。


分からないことは研修中に解消。ちょっとした疑問も積極的に尋ね、不安要素をなくした。変に我慢はしない。

研修の最後、講師がお客様役をし、1人ずつ本番さながらの対応をした。

私の対応は講師からこれでもかと褒められた上、一緒に研修を受けた女の子から「〇〇(私)さんみたいに対応できるように頑張ります」と称えられた。

半年近く前はあんなに不安でいっぱいだったのに、お手本になる日が来るなんて。この日もスキップで帰ったのは言うまでもない。



電話対応するサービスの内容は変わった。でも、やることは以前とさほど変わらない。

つまずきやすいところを資料にまとめ、よく聞かれる質問を付箋に書き、分からないことは助けを求めた。失敗はぐんぐん減り、頼られることも増えた。

後輩が悩んでいたら積極的に声をかけ、理不尽なことは上司に相談するようになった。「大丈夫」と伝えた日もある。「何かあったら助けるから大丈夫」と。かつての私が支えられたように。



私は失敗が多い。その分、助けていただいた回数が多い。

何度か教育係に選ばれたのは、失敗し、たくさんの人に助けられたからかもしれない。結果的にいろんな人に話しかけていた。


初めてコールセンターで働いたのは約10年前。

あれから職場をいくつか変え、今は自宅で働いている。どんな仕事でも根本は変わらない。

最初は上手にできなくても、失敗で自分を知り、どうにもできないときは変に我慢せず助けを求め、日々工夫すれば、光が見える。失敗しながらでもいい。助けられながらでもいい。


私が経験した失敗は、失敗例として伝えるよう心がけている。「大丈夫」を添えて。

誰かを置いてけぼりにするなんて、私はしたくない。適度に手を差し伸べ、心強く支える人でいたい。



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