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手を抜くこと。

日本の子育ては海外に比べ、手作りにこだわりすぎだと言われています。たしかに。
私もぼんやりとですが、手間ひまを込めたものは美しいと思っている部分があります。
例えば、夕飯をスーパーの惣菜で済ませてしまうことに抵抗があったり、全自動という言葉に信頼を置いていなかったりといったところでしょうか。
前者は節約の面からも抵抗感が来ているのだと感じますが、みなさんは「手作り」についてどう考えますか?


「手作り」の対義語は「量産」だそうです。この文章を書くにあたって調べたのですが、「量産」というのはなにか腑に落ちないような、意外な言葉でした。これ見たとき、手作りでも量産はできるんじゃないのか?というのが私の率直な気持ちでした。

追われるような日々を過ごし続けていると、自身のしていることが作業のようになりがちです。いわば、ひとつひとつに気持ちがこもっていない量産的な行動をとってしまうというわけです。
朝起きて歯磨きをするのも、朝ごはんを食べるのも、帰って夕飯の支度をするのも、別にしなくたって死んだりすることではないはずなのに、「やらなきゃ」みたいな感情がどうしても伴ってしまいます。
そんな気持ちで毎日を過ごしているうちに、どんどん心がすり減っていくわけです。

でも、上手に生きていくためには上手に手を抜くことも大切なことです。題に添えている写真はいつかの夕飯です。作ったものは記録として写真に残しているのですが、この日はとても疲れておりずいぶん夕飯の手を抜きました。でも、だからといってこの日の夕飯に満足しなかったわけではないし、自分で作るご飯はやっぱりものすんっごくおいしかった。

私は手作りにもこだわりたいけど、上手に手を抜いて量産もしたいな、なんて思います。
果たしてこれは矛盾なのでしょうか。

それではおやすみなさい。

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