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苦いオレンジジュースと甘いビール


前回の『#また乾杯しよう』の投稿を読み返して気がついたことがある。

『あ、そういえばビールの事について書くの忘れてたな』

そうそう、ビールと私には、長きに渡る因縁物語があったことをスッカリ忘れていたのだ。

今日はビールとの出逢いから今日までのお話をしようと思う。


                        ◇

ビールとの最初の出逢いは私が幼稚園の頃。

母方の祖父母は大変な食い道楽で、ちょくちょく私を食べ物屋さんに連れていってくれた。

まぁ、食べ物屋さんと言っても、ほぼ決まった居酒屋が多かった。祖父が特にお酒が大好きで、食べ物とお酒はセットで食べる人だったからである。

私はお店に行くと、いつもオレンジジュースを頼んでいた。透明なコップに、なみなみに入っている薄い黄色の液体を見るのがすごく好きだったのだ。

ある時、祖父母が近くにいた馴染み客に話しかけてる間、私は1人でご飯を食べていた。揚げ出し豆腐を食べた後、私は何の気なしに目の前にあったオレンジジュースのコップを持ち、それをゴクンと飲んだ。

『!!』

頭はオレンジジュースでインプットされていたのに、実際に口の中に入ってきたものは苦くて辛くて、オレンジジュースとはほど遠い飲み物であった。

脳内の機械が故障してしまったのだろうか。一回フリーズし、改めて得体のしれない飲み物を飲み込んでしまった恐怖と猛烈な口の不味さで私は泣き叫んだ。

その声を聞いて、慌てて祖父母が飛んできたのだが、泣き叫ぶ私の目の前にある飲み物を見て何となく察しがついたらしい。

「ガハハハ!」と祖父が笑いながら私の頭を撫でて言った。

「ビールをオレンジジュースと間違えて飲んだな?」

私は泣きながら、目の前にあるオレンジジュース風の飲料を見つめた。薄明かりの居酒屋では、それがオレンジジュースそのものに見えた。

大人の階段を思わぬところで登りかけてしまったが、手痛い仕打ちを食らった私は、

『ビール。これはビールというものなのか。なんて不味い飲み物なのだ。もう二度とお前を飲むことはないであろう』

こうハッキリと心に誓ったのは覚えている。口調は違えど、おおよそこんな内容であった。

そんなわけで、私とビールの物語は最悪の形で幕を開けた。

                      ◇

ビールに対するイメージは最悪のまま、小学生になり、中学生になり、高校生になった。

もちろん、その間ビールを飲む機会は皆無であった。時折、人様が美味しそうにグビグビと飲む姿を見ては、『なんであんなの好き好んで飲んでるんだろう。ただの苦い飲料水なのに』といった冷めた目であしらっていた。

                       ◇

20歳を過ぎ、私は社会人になった。ついにビールとの久々の再会を果たすことになる。

私は、初めて男女を交えての飲み会をすることになった。俗にいう【合コン】というやつである。

居酒屋で待ち合わせをして、男女3人ずつ並びあって座った。そして、まずは飲み物を頼もう、ということになった。

その時、何を思ったのか幹事だった友人が『まずはビールということで』と勝手にビールを頼みだしたのだ。

私は心中穏やかではなかった。思わぬ形で【ビール】との再会が急展開でやってきたのだ。

『あ、あのさ、私ビール。。はちょっと苦手なんだよねぇ』

と、小声で伝えると

『大丈夫、大丈夫。乾杯の時はビールだから』

と、とんちんかんな返事が返ってきた。よくよく友人を見てみると、完全に舞い上がった顔をしている。合コンに気合いが入りすぎて、どうやら私の事は見えていないらしい。

おたおたとしているうちに、次々とビールジョッキが運ばれてきた。幹事の友人がそれをせっせと皆に配っている。

そして、私にも渡そうとした際に事件は起こった。

ジョッキを貰おうとした手が滑って、受け取り損ねてしまったのだ。

ビールジョッキは私の手をすり抜け、スローモーションで机にダイブしていった。落下の際に、私はビールと目があった気がする。

【ガシャーン!】

轟音を響かせ、手から落ちたビールは机にぶちまけられた。

一瞬その場の時が止まった。しかしすぐに皆我に返り、ぶちまけられたビールの処理を急いだ。

机の上だけならまだしも、服にビールが飛んでしまった人もいた。それが、少し気になっていた人だったから余計に申し訳なくて恥ずかしくなった。

和やかな雰囲気だった合コンも、初っぱなからやらかしてしまったせいで、皆のテンションがすっかり下がってしまった。私は完全に戦犯として、友人からの痛い視線を受けながら下を向いていた。居たたまれない、とはまさしくこの状態だな、としみじみ感じながらまたしてもビールにしてやられた悔しさで唇を噛んだ。

完全に逆恨み以外の何ものでもなかったが、私とビールは更に険悪な関係となった。

本当にもう一生ビールなんて飲むことはないぞ、と心に誓っていた。

                       ◇

ところが、思いもよらない転機が訪れた。

そのまた数年後、仲の良い友人が遠方に行ってしまうため、皆でお別れ会を開いた。

居酒屋に仲良しグループの5人が集まって飲んだり食べたりしていた。

そして、ふと主賓の子が私に『そういえば、◯◯がビール飲んでる姿って一回も見たことないなぁ』と言ってきた。

私は、急な【ビール】というセンテンスに動揺した。

『なんで飲まないの?』

『へ?え、えーっと、苦手っていうか、美味しいイメージがないっていうか。。』

あまりに突然に話を振られたものだから、私がしどろもどろになっていると、

『じゃあひと口飲んでみりゃいいじゃん』

隣に座っていたA子が話に加わってきた。

『いや、いいよ。どうせ美味しくないし』

『ほら、試しにひと口だけいってみなって』

A子はそう言って自分のビールジョッキを私の口に押し付けて傾けた。

無理やり口の中に入ってきたビールを『ゴクン!』という喉ごしと共に飲み込んだ。

少しの沈黙があった。

途端に、口の中を麦畑がサァッと通っていくような爽快感がやって来た。
飲み込んだあと、私は無意識に言葉がでていた。

【甘い】


『甘い?』

周りの皆が顔を見合わせた。

『うん。幼稚園の時飲んだ時はすっごく苦かったのに。』

その時点で皆が固まったのがわかり、私は慌てて幼少期の悲劇の話を伝えた。

『ハッハッハ!』

それを聞いて皆が爆笑し始めた。隣のA子は少し酔った口調で

『ビールのうまさがわかったか?、ほらもっと飲め!』

ともっと飲むように促してきた。

2口目を飲む。

『うん。甘い』

続けて3口、4口、とぐびぐび飲んでみた。

だんだん口がビールに慣れてきたのか、甘さがなくなって普通のビールの味になってきた。けれど、幼稚園生の頃のような不快感は全くなかった。美味しい。ビールがこんなに美味しかったなんて。

A子は、私が何かを確かめるようにビールを飲んでいるのを見つめていた。そして背中をバンと叩いて大声で言った。

『あんた、ビールに謝りな!勝手に飲んで、勝手に嫌ってすいませんでした!って』

私はすっかり気分が盛り上がってしまい、普段なら絶対に出さないような大声で言った。

『ビールさん!美味しかったです!すいませんでした!!』

『もう一回!』

『ビールさぁん!!すいませんでしたぁ!!』

『よし!◯◯とビールに乾杯だぁ!』

そう言ってA子は、ビールジョッキを上にあげて乾杯のポーズをした。

                       ◇

こんな形でビールと和解できるなんて思いもよらなかった。

『あなた。こんなに美味しかったんだね』

と、私とビールはようやくお互い同じ目線に立った。

ビールはオレンジジュース色じゃなかった。綺麗な琥珀色に輝いていた。

長き因縁に決着がついた私とビールは、ようやく心を通わせた乾杯を交わすことができたのだ。

                       ◇

紆余曲折のあった関係だったが、私たちはそれを乗り越えたことで、より絆を深めることができたのかもしれない。

その後、折に触れてはビールを飲むようになるほど私はビールが大好きになった。

『ビール、乾杯』

夏の蒸し蒸しとした今日も、私はビールと乾杯をしている。


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