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洗濯機なき生活とスーツケース/性「別」という排除ベンチで眠れるように

夜行バスは光の羅列を圧縮する、つまり相対性理論で、一般相対性理論で、高速道路の光より早く移動する僕は、明日、東京に着く。
スーツケースには着物が入っている、ヒールブーツが入っている、下着が、紅茶が、入っている。
やがて一つの村に到着する。

ここ最近始まった生活は、ウィズコロナ・ウィズアウト洗濯機で、洗面台で洗剤がせーので洗の字に押しつぶされる。
殺菌と抗菌と柔軟をして、夏のスイカよろしく水にさらされて、みりん干しの隣で陽に当たる。
みりん干しが食べたい。日本酒と鮒ずしでよろしくやりたい。
服は布なので、どんなにきれいなドレープも、手のひらの皺と合わさって「しあわせ」になる。

夜行バスに乗る時の注意点を説明します。
まずは性「別」になること。
この世界は性別でできていますが、ここまで性別な世界は学校と職場と葬式と戸籍謄本を置いて他にありません。
というか移動という個人的なものに、性別が付いてくること自体がなんか変、と言う感じでしょう。

第一関門、乗車。ここは対して問題がありません。
乗務員は大して見ていないか、ちゃんと見たうえで、「いろんな人がいるべな」と思うから(たぶん)。
ここは比較的イージー。

つまり話したいのは第二関門のことで、具体的にはパーキングエリアのトイレである。
まず僕は、女子トイレに向かった。いつもそうだし。
でもいつもと違うことは、僕がノーメイクノーセットで、さらにメンズライクな服を着ていることだ。
夜行バスで寝るのに最適な服装は、Tシャツ、ズボン。
ここでトイレ利用者のひとりに驚かれてしまったので、ワンアウトというところ。

次の村。多目的トイレを利用という妙案を思い付いた。
残念ながら先客ありの、待ち時間ありの、眠気ありの、うつらうつらとしながら僕の耳に怒声。
なにかと思ってみれば、多目的トイレから出てきたるはご婦人が、こんなにも幼気なこの僕に眉間の皺を向けているではないか。
要約すると、「お前みたいな人間が多目的トイレを使うな」
なるほど、ツーアウト。

次の村。空は白み始めている。
ヤケである。男子トイレに向かう。
ここまで来ると便意はどうでもよくて、確認という意味での侵入だった。
そこに、柔和な顔の清掃員が近付いてくる。
「あの、ここ男子トイレですよ、?」
知ってますよ?

高校生の頃から、試合終了を願っていた。
それでなくても選手交代だったり、オート試合だったり。
でもまあ、そういう訳にも行かないのがこの世の中。
それでも楽しいから、いいけどね。

クローゼット代わりのスーツケースを開く。
着物、柄シャツ、パンツにワンピース。なりたい自分とかしたい性表現とか言われてもわからないけれど、選択肢がある、その事実が僕にとっては重要だ。
明日はなにを着ていこう。
また光を圧縮し、どこか、僕を、だれも、どこか、知らない、ところ、僕を、知って、いる、ところへ、行きたい。

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