那智彗太

渋谷区に住む初老の男です。友人にすすめられて重い腰を上げました。 小説『巳午』は、数年…

那智彗太

渋谷区に住む初老の男です。友人にすすめられて重い腰を上げました。 小説『巳午』は、数年前にweb女性自身で連載したものです。ご好評いただいて、未だ未公開の次作をお目にかけることができれば幸いです。わからないことだらけで、公開中の記事にも補記したりしています。

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巳午(minma)①

この物語は、ある霊能力者をモチーフにして描かれたフィクションである。 12月の最初の巳の日・午の刻に、その年亡くなった人の正月を祝う愛媛県中予地方特有の行事。墓前に柿の枝を二本立て左綯いの注連縄を張り一升餅や干柿などを供える。近親者が、餅(塩あん)を肩越しに配って食べる。これにより穢れは祓われ忌明けとされる。 第一章 黄泉戸喫1「なんだか修学旅行みたいね」  三女の美由紀がはしゃいでいる。壁際に並んだ書棚にびっしりと詰まったいかめしい専門書を眺めながら、次女の明美が泣き笑

    • 火食(kashoku)前編1

      上古、屍人と火食をともにする「黄泉戸喫(よもつへぐい)」と呼ぶ風習あり。それはやがて、「死者と火食を共にするとあの世に連れて行かれる」という畏れを生んだ…。 「心得無き者が冥界の住人と寝食を同じくしてはいけない」という戒め。触穢の定に通ずる。 神傾け「なんぞぉあれは。……がいなのぅ。ありゃぁもういかんぞ」  現場に向かう軽トラックの助手席で、男はフロントガラスの向こうを指差しひとしきり嘆いた。隣でハンドルを握る男の息子も、前を覗き見ている。息子は今年で33歳、まだ独り身でい

      • 閑話④

        『吠声』1・2をもって前編は終了です。 いかがでしたでしたか。 正直、長編のつもりの書き出しなので、短編としては迂遠に感じる方も少なくないと思います。書き手としても、苦しいところです。 ここに編集担当がいれば、こちらの思いなどお構いなしにズバズバと切ってもらえるのでしょうが、幸か不幸か、自儘に手を加えることが許されたnoteにおいては、これもまた必然とお諦めいただければ幸いです。 物語の主人公はまだ登場して(いや名乗りを上げて)おりません。 すでにお分かりの方もいらっしゃ

        • 吠声(haisei)2

          毛物(kemono)  気がつくと、男は板の間に敷かれた筵の上に横たえられていた。  床下から這い上がる冷気が、極度の疲労に混濁した男の意識を鮮明にしていく。男の鼻腔を、なめした革のような匂いがくすぐる。どこかで微かに、ジーッと……。夏の夜、どこからともなく聞こえてくる、クビキリギスの鳴き声にも似た音がしている。  目を覚ました男は、それまで何があっても離すことのなかった我が子の膨らみが胸にないことを知り、起き上がろうと激しく足掻いた。 「よいよい。安ぜずとも赤子は無事じゃわ

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        巳午(minma)①

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        • 火食
          1本
        • 閑話
          3本
        • 吠声
          2本
        • 巳午
          31本
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          1本

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          閑話③

          少し間が空きましたが、『吠声1』を掲載させていただきました。 本来は長編のものを、短くしながら、さらには課金のことなども悩みながらの掲載です(あと、本業の方も少し忙しくなっていますが)。 感想もですが、今後のnote展開などアドバイスいただければありがたいです。

          吠声(haisei)1

          延喜式によれば、 天皇行幸に際し、国界・山川・道路之曲など邪霊の潜み易し所では供奉せし隼人が吠声にて邪を払うとされている。 尚、平安京には隼人司が定められていた。 吠声は狗吠とも似て、邪鬼を払う力を有する。 現在も、神事における警躍に、その様子を観ることができる。 颪(oroshi) 筒上颪が吹いている。  麓ではそれを春一番と呼ぶが、ここでは、まだ残雪に頂を白くした筒上岳から吹き降ろす南風を筒上颪と呼んでいる。それは、肌を刺すほどに冷たい、筒上岳を巡り来た陽光に煌く氷混り

          吠声(haisei)1

          閑話② 『巳午』掲載を終えて

          数年前にweb女性自身で連載させていただいた小説『巳午』いかがでしたか。 加筆修正を繰り返しながら、急ぎ足で掲載いたしました。 どちらかというと「音」で文章を書くタイプの私は、推敲を重ねる度に手を加えたくなり終わりがありません(苦笑)。 そういった意味でも締め切りの有る無しは、私にはとても重要です。 そんな事を改めて認識させていただいたnoteでした。 言うまでもなく、書き下ろした当初は書籍化を切望しておりましたが、いかんせん何らの受賞歴も無く(応募した経験すらありません

          閑話② 『巳午』掲載を終えて

          巳午(minma)㉛

          最終話 巳午 凄絶な陽炎の調伏から二日後。いつものように、起き抜けのコーヒーを啜る明美と一緒に朝のワイドショーを観ていると、突然長女の良子が夫の哲也と一緒に現れた。 「なによ。来いって言うから来てみたら、当の本人は居ないじゃない。これって、いったいどういう事? お母さん、美由紀は?」 「なに? あんたたち、美由紀に呼ばれたの? お母さんはなにも聞いてないわよ。美由紀は、どこかに行ってるみたいだし……。あなたたち、ご飯は食べてるの? さぁ、こっちへいらっしゃい。食べなさい」  

          巳午(minma)㉛

          巳午(minma)㉚

          第六章 銀門7  蛇の淵までは、およそ20分の道のり。都会育ちの健作には不慣れな山道も、この数日で何度か行き来しただけあって、ヘッドライトの明かりを激しく上下させながらも物凄い勢いで駆け下りていく。  平坦な道に出ると途端に人家が迫ってくる。かつては街道筋だった界隈には、まるで時代劇の宿場町のような古い屋敷が軒を連ねる。昼は込み合う国道を逸れ、抜け道として活躍する細い道を忙しないブレーキングで転がるように駆け抜けて行く。 「どうしたの? スピード緩めた方がいいわよ」  時折掠

          巳午(minma)㉚

          巳午(minma)㉙

          第六章 銀門7前鬼後鬼 キッチンを覗くと、いつになく早い時間に帰宅した美由紀が座っていた。得意先回りか何かを上手くやっつけたのだろう、いかにも余裕といった感じでタバコを吹かすその向こうで、義母が立ち働いている。 「おっ、早いじゃん。どうしたのかな? 今日は飲み会とか無いのかな?」  それでも気を遣っているつもりの健作が、美由紀のしたり顔を軽くくすぐる。 「なによぅ、毎日飲み歩いているわけじゃないわよ。今日は、立ち寄った先がウチの近くだったから、そのまま帰ってきちゃっただけです

          巳午(minma)㉙

          巳午(minma)㉘

          第六章 銀門6 紅き戒めに染めし者「もしかすると、明美の夢に見たって話から、思いもかけない事実が判明したかも! ……でさ、今夜は皆既月食だってさ」  一通り明美の話を聞き、どうやら銀門が月か星に関わると思い至った健作は、さっそくパソコンを取り出した。開け放った窓から流れ込む夜明け前の冷気が肌を刺すだろうに、興奮しているらしく全く頓着していない。どうやら、銀門の謎だけでは無い、なにか重要なキーワードに辿り着いたようだ。 「その祈祷師がいる部族だけどさ、刺青をして弓を持ってるん

          巳午(minma)㉘

          巳午(minma)㉗

          第六章 銀門5 夢より古き人 永く過酷な旅の末に辿り着いた部族だった。遠くマラッカ海峡の辺りに端を発する奔流は、ところによっては4ノットもの速さになる。ある者は板子にまたがり、またある者は刳り舟に乗り、大いなる海を渡ってきた。遥かなる大洋の彼方、仲間たちの邑が点在する広大な草原を後に、果ても知れぬ海原へと身を乗り出した雄々しき一族の裔である。  長く暗い大氷河期が終わろうとする頃、巨獣を追って大陸より走り来た部族や、海を渡り陽に灼けた肌を持つ部族が深い森の奥へと新たなる暮ら

          巳午(minma)㉗

          巳午(minma)㉖

          第六章 銀門4 その頃、母から借りた車の中には、助手席のシートに背を沈めて額に玉のような汗を滲ませる明美の姿があった。  ほんの10分ほど前に健作を送り出してから、さほども経たない内に異変は起きた。  車に戻ろうと踵を返した瞬間、古杉に覆われた参道が、突然暗さを増したかと思う間もなく足元が揺れた。明美は「アッ」と声を漏らして、伸ばした腕の指先も定かではない暗がりの中、不気味に蠢動する参道に足を取られそうになりながら車へと這いずるようにして戻った。そうして、ポケットから取り

          巳午(minma)㉖

          巳午(minma)㉕

          第六章 銀門3「よろしければ。……少し奥様の背中を触らせていただきたいんですが……」  明美は質問には答えず、さらに理不尽なお願いをした。 「背中を触るって……。なにをするんです?」  明美のことを何も知らない、いや先ほどの説明でおおよそのことは分かっても、はなからそんなことを信じていない夫にしてみれば頼まれたからといって「ハイそうですか」とは言えないのだろう。そんな夫の及び腰を笑うかのように静江が口を開いた。 「あなた、いいのよ。大丈夫なの。この方はそういう方ですから。……

          巳午(minma)㉕

          巳午(minma)㉔

          第六章 銀門2「……ごめんなさいね。普通はこんな話をすると笑われてしまうんですけれど……。でも、ご主人はなにか、思い当たることがおありなんじゃないですか。もしかすると、なにか見ました?」  いきなり核心を衝いた。唐突だった分、はぐらかしようがないだろう。案の定、目の前の夫は、座ってなければ倒れたのではないかと思うくらいのけぞり、その顔は明らかに恐怖に引き攣っている。期待した以上のリアクションだ。 「ご主人、お話ししていただけませんか?」  明美と亜里沙が子どもたちの霊を見たと

          巳午(minma)㉔

          閑話①

          はじめまして。これを読んでくださる方は、おそらくは『巳午』を読んでくださっている方々だと思います。ありがとうございます。 noteを始めて、ちょうどひと月が経ちました。 ただ手元に原稿があり、UPの仕方もよくわからないまま(今も覚束ない)、まるで流し込むように掲載していますが、こんな感じで良いんでしょうか? 当初思っていたより、温かいリアクションをいただいていますが、それでもまだ不安は拭いきれません。 ひと月が経った今、思うことは……「もっと短い方が良いのかな」程度で