「アリスとテレスのまぼろし工場」感想
2023年に観た映画でベストを決めるなら僕は間違いなく岡田麿里監督の「アリスとテレスのまぼろし工場」を挙げる。
岡田麿里さんが脚本を手掛けた「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」「心が叫びたがってるんだ」「空の青さを知る人よ」で描いたテーマをさらに深掘りし、かつ生々しく表現したのがこの映画だ。
早く大人になりたいと思ったことがある。その一方でこの楽しい瞬間が永遠に続けばいいのにと思ったことがある。
こんな田舎早く出て都会に行きたいと思ったことがある。その一方でやっぱり地元が一番落ち着くなと思ったことがある。
好意と恋の区別がつかなかった。愛と性欲を切り離せなかった。
思春期の頃、こう思っていた人は多いと思う。
岡田麿里監督「アリスとテレスのまぼろし工場」は大人になることを止められ、不変を強いられた少年少女の心理を見事に描いた作品だと思う。
製鉄所の爆発事故で時を止められ、街の出入りもできなくなったファンタジーな世界がこの作品の舞台。
いつか元の世界に戻れたときのために街の住人は「自分確認票」を書き、いつもと変わらないことを強制される。
時が止まってしまったので、主人公の正宗たちは何年、何十年経っても中学生のままだし、妊娠している女性も子を産むことなく妊婦で有り続けている。
しかし、正宗は密かに趣味にしているイラストが次第に上達していることに気付き、変わらない世界に息苦しさを感じる。
正宗が出会った不思議な少女、五実は不変な世界にいながらも成長をしている。クラスメイトの睦実や五実と触れ合ううちに彼はこの世界が決して不変のものではないことを知る。
他に類を見ない特殊な世界観面食らったが、世界の謎や五実の秘密が徐々に明らかになるにつれて、映画の世界に引き込まれていく。
物語の後半、正宗たちはまぼろしの世界を壊し、五実を現実の世界へ戻すために奔走する。思春期らしい、衝動的な行動だが、強い意志で閉鎖された世界を抜け出そうとした。
一方で、不変な世界を壊させないと動く大人たちもいる。正宗たちから見れば彼らは邪魔者であり敵なのだが、彼らも賑やかで活気がある地元を維持したいという思いがあった。
ここで思ったのが、大人たちも変わらないために気持ちの変化を起こしているのだ。目的のために行動する大人たちの表情は正宗たち少年と同様の無邪気さがあるように見えた。
不変でいるためには変わり続けなければいけないというメッセージがあるならなかなか痛快だ。
幻想的で神秘的なまぼろしの世界は圧巻の映像美で描かれている。
派手なアクションシーンこそ少ないものの、少年たちの微妙な気持ちの変化を映像はもちろん、演技でも表現されている。特に五実を演じる久野美咲さんの演技は圧巻だった。
中島みゆき初のアニメ主題歌も素晴らしく、ひたすら「未来へ」と繰り返す歌は閉ざされた街から開かれた世界と導くような希望を感じられた。
Netflixで見れるので是非見てほしいと思います。
小説版もあり、こちらは映画の補完になっているのでこちらも読むことをおすすめします。
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