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忘れてはいけない事故の、忘れられない物語 映画「君の誕生日」 #516

韓国ドラマや映画といえば、容赦ないバイオレンスを思い浮かべる人もいると思います。が、一方で外せないのは「泣き」のシーンです。女性も男性も、老いも若きも、みんな泣きます。激しく泣く俳優もいれば、美しく泣く俳優も。

「痛々しくはかない泣き顔」といえば、ソン・イェジン(愛の不時着)。
「ハラハラと美しい泣き顔」ならイ・ヨンエ(宮廷女官チャングムの誓い)かなあ。パッと思いついた俳優をマップにしてみました。

泣き顔

こうしてみると、「美しく・はらはら」泣けるイ・ヨンエとハン・ジミンの泣き力って際立ってますね。「サイコだけど大丈夫」のソン・イェジの痛々しい泣きっぷりは飛び抜けていたのですけれど。

わたしとしては、「獣のように激しく、魔性を込めて痛々しく」泣くチョン・ドヨンを推したい。左下に突き抜けている画像の人です。

全身全霊を込めた泣き姿に、こちらも心をわしづかみにされてしまう。そして一緒に号泣しちゃうんですよね。

最新作の映画「君の誕生日」では、ソル・ギョングと久しぶりに共演し、夫婦役を演じています。ソル・ギョングは、わたしがピカイチに好きな俳優で、「オレの辞書に“ライフハック”という言葉はない」という役ばかり演じています。

<あらすじ>
長年の海外単身生活から帰国したジョンイルだが、家族の新しい家の住所さえ知らされていない。娘のイェスルの顔も分からず、妹に教えてもらうことに。妻のスンナムは、スーパーで働きながら「普通」に生活しているように見えたが、亡き息子の誕生日を前に不安定に。帰国したジョンイルに、離婚を申し出るが……。

2014年の4月に起きたセウォル号の沈没事故によって、高校生の息子を失った家族を描いた映画です。もし映画をご覧になる時は、大きめのタオルとティッシュをお持ちください。

セウォル号沈没事故とは、2014年4月16日に発生した大型旅客船の沈没事故のことです。この事故で、高校生ら299人が犠牲になりました。

実際に起きた事故を題材にする場合、よくある感動アオリ系の映画なら「船の中のドラマ」を中心に据えたかもしれません。もしくは、真相究明に奔走する姿を描いた方が、ドラマチックな展開になったと思います。

でも、監督と脚本を務めたイ・ジョンオンは、その方法をとりませんでした。

焦点を当てたのは、家族。さすがイ・チャンドン監督の下で経験を積んできただけある。人間の痛みをみつめる眼差しが、師匠ゆずりなんです。決して忘れてはいけない事故を、忘れられない物語にしてくれた。チョン・ドヨンを主演に迎えたのも、「シークレット・サンシャイン」の縁があったからだそう。

事故の後、ボランティアで初めて遺族と接した監督は、「傷を癒やす」ことについて考えるようになったそうです。事故を初めて正面から取り上げた作品ではありますが、映画の中に「セウォル号」という言葉そのものが登場するのは、一度だけ。

突然、大切な人を失い、残された者たちの悲しみ。

それは世界共通、全人類が共感できる痛みであって、「セウォル号」だけの話ではないからなのだと思います。

息子が事故に遭った時、夫は韓国に帰ってくることができませんでした。そのため、妻はひとりで悲しみを乗り越えなくてはならなかった。このことが、夫婦の亀裂になってしまいます。そして、ボランティア団体が企画した「主役のいない誕生日」イベントが開かれることに。ここで夫婦は、息子の最期の瞬間を知ることになります。

朝鮮日報は「事故の根底には、生き残りたければ他人を押しのけてでも前に出るべきだと暗に教えてきた韓国社会の病弊がある」と指摘していました。でも、イベントで語られた息子スホの姿は、別物なんです。そのことが、とてもやりきれない。ちなみにこのエピソードは、実際にあった出来事だそうです。

君の誕生日2

(画像はKMDbより)

とにかく不器用で、生きるのが下手な男を演じてきたソル・ギョング。1967年生まれで、ソン・ガンホと同い年です。デビューの時期も近いため、出演作の傾向などで比較されることも。

エンタメのソン・ガンホ、社会派のソル・ギョングといえるかな。

今年はハン・ソッキュと共演した「悪の偶像」も日本で公開されて、まったく違う「父親」像をみせてくれました。

「獣のように激しく、魔性を込めて痛々しく」泣くチョン・ドヨンだからこそできた演出。「生きるのが下手な」男ソル・ギョングならではの迷い。夫婦それぞれのペースで「傷を癒やす」姿に、涙が止まらなくなりました。

大きな悲しみを抱えた人に会った時、自分なら、何ができるだろう。そんなことも考えさせられました。たぶん、側にいることくらいかもしれないな。

キム・エランさんの短編集『外は夏』に収められている「どこに行きたいのですか」もやはり、セウォル号沈没事故を描いた小説です。家族の物語に泣いた方は、ぜひこちらも。


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