フェミニズム

母娘問題に歴史あり 『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』#243

「ちづこに叱られるよ!」

仲のいい女友達3人で話をしていると、ポロリと出る本音。普段はフェミニストを自認する友人が

「とはいえやっぱりさ……」

マグカップでワインをがぶ飲みしながらトマトをつつき、男社会へのあきらめを口にするたびに、「ちづこに叱ってもらえ!」とツッコミながらお箸を振り回していました。

“ちづこ”とは、東京大学名誉教授の上野千鶴子さんのことです。あの、尊敬と愛をこめての呼称ですよ、もちろん。

2019年4月に行われた東京大学の入学式での祝辞は、賛否を含めて大いに話題になりましたよね。いまも東京大学のウェブサイトに全文が掲載されています。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

日本のフェミニズム運動、ジェンダー研究の第一人者である“ちづこ”の言葉は、やさしくもあり、厳しくもあり。今の自分の環境を当然と思わないことという、やんわりとした皮肉も込められているように感じました。

東大に合格できるほどの学力があること、その環境を整えてもらえた人たちのことは、ちょっとうらやましく思います。いまの10代女性は勉強することも、仕事を持つことも「当然」なのかもしれません。ですが、わたしが小学生のころ、母からいつも言われたことは、

「一番になったらあかん」

でした。「女は勉強せんでええ(しなくてもよい)」という親の考えの下、ホントーーーに、勉強するための環境はなかったなと今でも思います。

「フェミニズム」はまず「母と娘」の問題だと“ちづこ”が語っている本が、『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』です。“ちづこ”に、マンガ家の田房永子さんが話を聞いてみた、という内容。

団塊世代の“ちづこ”が若かりしころ、「負け犬」や「おひとりさま」の女性は人口の3%しかいなかったのだそうです。でも団塊ジュニア世代の田房さんは、“ちづこ”と同世代のお母さんから「手に職をつけろ」+「結婚して子どもを産め」と言われて育ちました。

娘が働くということは、母の期待に背くことから期待に添うことに変化。一方で「結婚して母になる」という選択肢をもたないということは、母である自分の人生を否定されたように感じてしまう。

田房さんはお母さんと折り合いがよくなかったそうなんですが、そんなお母さんたちが「毒母」になった原因をふたりで解きほぐしていくのです。

この本のいいなと思うところは、“ちづこ”が一方的に「教える」わけではないところです。

田房 でも母は女としてうまくやっている人だとも思います。お父さんのお金で暮らしてたし、親からお金をもらってたと思います。
上野 それはいいのよ。子どもは親につけこむものなんだから。あなたもつけこんできたでしょ?
田房 私はぜんぜん! まったくもらってないです!
上野 だって、私立の女子校に行かせてもらって。
田房 あ、そこは頂きました。そうです、そうだそうだ。はは!

このやりとりは、上に紹介した東大の入学式のスピーチにも通じるものですね。うっかりしちゃうけど、忘れてはいけないこと。大事なことを押さえつつ、“ちづこ”は田房さんの疑問に答えながら逆に多くの質問をしています。

母の希望はどんなだったの?
彼女がエネルギーを向けるほかの選択肢があれば、彼女の人生は変わったかな?

そんなふうに田房さんに問いかけながら、お母さんの時代、お母さんのお母さんの時代を語り、歴史を語る。“ちづこ”が石や火炎瓶を投げていた学生運動の時代や、女の子には商品価値があったという話は、昨日ご紹介した金子文子の生涯ともつながるように感じます。

「実家」と呼べる家のなかった文子は東京に出てきてからも、転々としていたようです。そのころ付き合っていた男性との関係にふと疑問を感じた文子。

「子どもができたらどうする?」

「俺はそんなこと知らないよ……」

自分は「生物的衝動の排出先に過ぎなかった」のかと悟り、目が覚めます。

これ、“ちづこ”が語る、学生運動をしていた中の人たちの話と同じ!

また、家父長制の中で何度も隷属先を変えつつ、その中でしか生きられなかった母を見ていた文子は、既存のシステムの中で「上」を目指したところで意味がないことも悟っています。

“ちづこ”は、自分の時代から田房さんの時代、そしていまの時代の変化を、「制度の中で夫に依存する構造にはまるしかなかった世代から、自由に生き方を選べるようになった時代」と呼んでいます。

これ、まさに文子の話!

本の中で“ちづこ”が語るように、フェミニズムの歴史の継承には、断絶を感じます。いまの時代に声を上げるには、バトンを受け取ることも必要なのでは。やはりこうした本で「知る」ことが大切なのかもしれません。

でも、生き方を選べる時代になったいま。そのストッパーとなり、呪いとなるのが母からの言葉です。

母の世代が味わってきた社会状況や歴史を説明した上で、“ちづこ”は田房さんに尋ねます。

そうやって納得したら、母のことを許せる?

この答えを自分なりに見つけることが、人間として生きる第一歩なのかも。

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