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家族のために生きた男の現代史 映画「国際市場で逢いましょう」 #294

自分を犠牲にする生き方より、自分の好きなことを思い切りやりきる生き方を。最近ではそんな言葉が流行っていますが、そう言える時代は、とても幸せなことなのだなと感じます。

韓国で歴代観客動員数4位を記録し、韓国のアカデミー賞と呼ばれる「大鐘賞」では作品賞をはじめ主要部門を総なめにした映画「国際市場で逢いましょう」を観ると、「好きなことで生きていく」という生き方が、とてもぜいたくに思えてしまいました。いまのわたしにとっては当たり前のことが、当たり前ではなかった時代のお話です。

<あらすじ>
朝鮮戦争で興南から脱出しようとしたドクスは、父と末の妹と離れ離れになってしまう。母と他の弟妹とともに釜山に落ち着いたドクスは、父親代わりとして一家を支えることに。お金を稼ぐために西ドイツの炭鉱や、ベトナム戦争など、危険な現場へと志願するするが、釜山の店を立ち退くように言われ……。

アメリカの現代史を描いた映画に、ロバート・ゼメキス監督×トム・ハンクスの映画「フォレスト・ガンプ/一期一会」があります。空中を漂う一本の羽から映画が始まるのですが、韓国の近現代史を描いた映画である「国際市場で逢いましょう」は、一羽の蝶が釜山の国際市場を飛び回るところから始まります。

粋なオープニングだなー。

朝鮮戦争やベトナム戦争、韓国の経済発展を背景に、ドクスの過酷な人生が描かれるのですが、1953年に発売され大ヒットした、ヒョン・インの歌謡曲「がんばれ!クムスン」をモチーフにしているようです。

そこに、「試練はあっても失敗はない」と声をかける「現代」の創立者チョン・ジュヨンはじめ、韓国初の男性ファッションデザイナーであるアンドレ・キムら、現代史において重要な人物が登場します。

主人公のドクスを演じたのはファン・ジョンミン。20代から70代の老人までをひとりで演じるために、公園でくつろぐ老人たちを研究したそうです。将棋を扱う手、タバコ吸う姿、話し方などなど、演じる年齢に合わせた動きをしているので、そこに注目して観るのもおすすめです。

この映画は、父との約束を守るために、家族を優先にし、自分の夢については言い出せなくなった男の過酷な人生の物語なのですが、ドクスの人生のターニングポイントで映し出されるのが「手」なんです。

逃げ回るときにつないでいた妹の手。父を見送ったときに思わず握った母の手。落盤事故で埋もれたときに親友が握ってくれた手。愛する人との初めての握手。ラストシーンもやはり、妻と手を重ねています。

それが一番現れているのが、アメリカ軍が子どもにくれるチョコレートの渡し方です。

「ギブ ミー チョコレート!」

終戦直後の映画によく描かれるこのシーン。釜山にたどりついた少年ドクスもやはり、アメリカ兵からチョコレートをもらいます。

投げ渡されて。

ベトナムでもやはり、アメリカ兵はチョコレートを放りなげているんですよね。でも、ドクスはベトナムの少年にチョコレートを手渡すんです。年齢は違っても、言葉が通じなくても、人間同士として付き合おうとするドクス。このシーンはジーンときました。

「国際市場で逢いましょう」は、自分の人生を生きられなかった男の物語であり、自分を犠牲にして家族のために生きた男の話です。父と妹と生き別れてしまったつらさは生涯の重荷となりました。でも、彼には後悔はなかったのではないかと思うのです。

彼の手を取ってくれる、ぬくもりをくれる人たちに囲まれていたから。

「こんな苦労をするのがぼくでよかった。子どもにはこんな思いをさせたくいないから」妻にはそう言うものの、父の前では本音が出ます。

忍耐は苦い。その果実は甘い。

わたしはいま、少年ドクスの生きた時代とはずいぶんと違う時代を生きていますが、彼を励まし続けた言葉は大事にしたいな。涙腺刺激ポイントが多すぎるので、ティッシュ片手に観るのがおすすめです。


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