スリービルボード1

【スリー・ビルボード】 戦闘服を着た悪魔? リアル炎上広告にみるモンスタークレーマーの胸の内

11月18日に開催された明日のライターゼミ第4回目の講師は田中泰延さんでした。

「物書きは調べることが9割9分5厘6毛」と題して行われた講義に参加するためには、重大なミッションが!

【課題】
映画「スリー・ビルボード」の映画評論を4000文字以上で書いて下さい。

最初に見たときは「400」かと思いました……。

どうにかこうにか書き上げて、「映画の話が出てこない映画評」と田中さんに笑っていただいた課題を公開します。
(6000字近くあります……。お暇なときにどうぞ)

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○○賞 金賞受賞!
○○コンペ 優勝!
○○セレクション 最優秀賞!

世の商品パッケージには、こうした文言が踊っていることがよくありますよね。聞いたことがないような賞でも、審査の過程が不明でも、問答無用で“なんかすごそう”な印象を与えてくれる、便利なラベルです。

そんなラベルのついたお菓子が、じゃあ本当においしいのか?と言われると、正直ちょっと困ってしまいます。おいしいの基準が“自分の口に合うかどうか”なので、「むむ?」と思っても、「おエライ方々がすんばらしいお菓子だと認めたんだから、それを感知できないわたしの舌が未熟なのだ」と考えてしまう小市民なmameです。こんにちは。


わたしがこうした感性を身につけるに至ったのは、母の影響が強いように思います。


「そやかて、フランスで決まったんやろ?」

「外国で人気らしいで」

「これはこんな味なんやろな」


お初の食べ物を口にするときの母の口癖です。そして、極めつけのひと言。


「よう知らんけど」


知らんのかいな!!!

「黙って食べてや、ホンマに~」と言いたくなりますが、センスも知識もない小市民としては、自分の好みよりも、誰かがセレクトしてくれたラベルに頼りたい。
こんな母に共感するマインドなんてない!と思いたかったのに、もしかしてわたしも同じモノでできているのかもしれない、とある日気づきました。

わたしを誘い込むラベルとは、「アカデミー賞」です。

出典:The Oscars 2018


中でも、作品賞と監督賞は観ておきたい。
ただ。


賞レース向きの難解な映画だったら?

ブラックすぎて笑えない映画だったら?

ポリティカリーコレクト感がゴリゴリの映画だったら?


気にはなる。でも、不安。
迷える小市民を映画館に誘うには、最高にホイホイな香りがしてしまうのが「アカデミー賞」という言葉だといえるでしょう。
世の中のトレンドにはほぼ興味がなく、猫も杓子もという言葉を久しぶりに使いたくなるくらい、社会現象と化していた『Pokémon GO』でさえスルーした身なのに。あぁ、毎年2月になるとニュースが気になってしまうのです。

2018年、第90回アカデミー賞の作品賞と監督賞こそ逃したものの、

第75回 ゴールデン・グローブ賞4部門受賞
(作品賞・主演女優賞・助演男優賞・脚本賞)
第74回 ヴェネツィア国際映画祭 脚本賞
第42回 トロント国際映画祭 観客賞
第90回 アカデミー賞 主演女優賞・助演男優賞

こんな感じで充分にラベルてんこ盛りな映画が、今回、映画評を書くことになった「スリー・ビルボード」です。


■ 映画の紹介……の前に

映画の舞台は、アメリカ中西部にあるミズーリ州です。
(太ったゴジラのような地形のナンバープレートがかわいい)

出典:wikipedia


ミズーリ州と聞いてもピンと来ない人の方が多いのではないかと思います。
「水売り」ではないですよ。「Missouri」と書いて、「ミズーリ」と読みます。

なんでこんなベタなことをわざわざ書くかというと、わたしには「水売り」という言葉に特別な思い出があるからなんです。

今から40年くらい前。友人が韓国の親戚宅を訪れたときのことです。
初めて会う親類から温かいもてなしを受け、近所の人々にも歓待され、まだ小学生だった友人は、とても感激したとのこと。

民族学校に通っていたので韓国語での会話は可能でしたが、なにしろ相手は南部の訛りバリバリな方々。しかも自分が訛っていることには気づいておらず、「カタコトでも韓国語を話すなんてエライな、ボウズ」という扱いでした。

そして、事件は起きます。
近所のおじさんが友人に尋ねました。

「お前の親父は何の商売をしているんだ?」

実は、友人の父はどこやらに出奔してしまって行方知れず。お母さんがスナックを切り盛りして友人兄弟を育ててくれていました。
韓国語ができるとはいえ、まだ小学生。「スナック」という言葉も、「居酒屋」という言葉も思い浮かびません。というか、そもそも学校で習っていない。
困った友人は、「水商売」という日本語を翻訳することにしました。

「僕のお母さんは、水を売る商売をしています」

とたんに、雰囲気がおかしくなりました。

「日本には飲み水がないのか?」

「水を売ってて生活できるのか?」

「つーか、日本は豊かな国じゃなかったのか!?」

誤解が誤解を呼び、歓待ムードはしめやかなお涙ちょうだい劇に突入。友人は“不憫な子ども”として、たいそう同情されたそうです……。

こんな、どうでもいいような話をつらつら書いたのには、ちゃんと理由があるのです。
「スリー・ビルボード」の主人公であるミルドレッドは、小さなギフトショップを経営しています。売っているのは、今どき観光客でも買わないようなぬいぐるみやマグカップ、そしてウサギの置物。


(こんな商売してて、生活できるの?)


彼女の暮らしぶりが心配になってきます。
おまけに、「道に迷った奴かボンクラしか通らない」道路脇に、大枚はたいて看板広告を出しちゃうんですよ。


(お母さん……)

(明日のご飯は大丈夫なの?)


「スリー・ビルボード」は、こんな余計なお世話と言われてしまいそうな思いがジャブジャブ込み上げてしまうほど、我が道を突き進む母の物語です。


■ 主人公はモンスタークレーマー?

映画の冒頭、のびやかなアリアをバックに、霧の中に巨大な看板が浮かび上がります。板が剥がれ、まだら模様になった赤ちゃんの笑顔が逆に怖い。
いつから放置されているのかさえ分からない3枚の看板を見つめ、思案を巡らす女性が、ミルドレッドです。

このシーンを観ただけで明らかですが、この映画はキラキラなセレブが銃を撃ちまくり、金塊が飛び交ってウハウハ~なお話ではありません。
ミルドレッドが身につけているくすんだブルーのツナギ、緑のバンダナはまるで戦闘服のよう。

出典:「スリー・ビルボード」オフィシャルサイト


そう、彼女はまさに、戦士でした。

7か月前、彼女は娘を亡くしました。
病気でも、事故でもありません。

レイプされ、焼かれた。

この上ない残忍な殺され方をしたにも関わらず、犯人が見つからないのです。
証拠が見つからないと警察は大した捜査さえしていない。じゃあ何をしているかというと、どうやら黒人を暴行するのに忙しい様子。
そこで、ミルドレッドは道路脇の看板に広告を出すことにしたわけです。

― レイプされて死亡 ―
― 犯人逮捕はまだ? ―
― なぜ? ウィロビー署長 ―

広告規定を犯さないよう、そして感情的にすぎないよう、うまく計算された文言ですね。こんなコピーを考え出すミルドレッドが、うっかりうらやましくなってしまいました……。

「道に迷った奴かボンクラしか通らない」道路と言われたわりに、噂が広がるのが早いなという気もしますが、この広告をめぐって町は大騒ぎに。まさに炎上広告。ちなみに、映画の後半で炎上広告がリアルに炎上します。これぞ炎上広告の真骨頂!

ですが、ミルドレッドの行動を理解する人はいません。
息子の目も冷たい。
元夫にもどやされる。
町の人からはモンスタークレーマー扱いを受ける。
でも、彼女は絶対に看板をおろしません。冷静に冷酷に、怒りのオーラを振りまきながら警察を追い詰めていきます。

憤慨しながらも釈明に来た警察署長に、
「誰かが責任をとらなきゃ」
と言い放つその怒りの矢は、けれど彼女自身に向かっているように見えるのです。


■ 映画を彩る「利己的遺伝子」

実は、ミルドレッドだけでなく、この映画の登場人物はみんな見事に「利己的遺伝子」優勢な人たちです。

かわいい部下の前で格好つけたい広告マン。
差別主義者で、暴力を正当化するディクソン巡査。
劣勢に陥った息子にとんでもない入れ知恵をするディクソンママ。

中でも、オイオイと言いたくなるのが、ウィロビー警察署長です。捜査が進まない理由として告げたのは、
「自分がガンだから」。

え?

このタイミングで、同情を引こうとする?


なんて身勝手なんだ、きみは!!!


「死んでからじゃ遅いでしょ」
死に至る病の告白を、ミルドレッドにさらりとはねつけられて唖然としている表情が、ちょっと笑えます。
ですが、さすが署長、ここから途端に本気になるのです。

ということは。
期待するのはやっぱり、あの名作映画のような展開でしょう。

(ここから、感動的なヒューマンドラマが始まるのかも)

と、予想しました。
あの映画とは。

巨匠・黒澤明監督の「生きる」です。

出典:Amazon


胃がんのため、余命がいくらもないことを知った市役所のおじさんが、生きた証しを何か残したいと最期の力を振りしぼり、地域住民念願の公園を完成させるというお話です。

「スリー・ビルボード」のウィロビーも公務員だし。
大病を患ってて、もう長くはない。
おまけに……。

ブランコ乗ってるし!

出典:「スリー・ビルボード」オフィシャルサイト


死を前に、生きる意味を見つめ直すヒューマンドラマって、ベタすぎじゃないのか。でも、いかにもアカデミー賞好みな気もします。

ネタバレになるからこれ以上書けませんが、わたしの浅い予想は見事なまでに裏切られました。「何かを残したい」の「何か」が、「オトコを証明すること」だったなんて。


マジか⁉︎

キミ、そんな場合か⁉︎

だからミルドレッドに怒られるんだよ!!!


心からツッコミたい……。
でも、そんな署長が送った手紙は事態を大きく動かします。
暴力巡査と非難されても、「悪い奴じゃない」とかばい続けたマザコンの悪ガキ・ディクソンに変化が起こるのです。

それは、ディクソンが誰にも内緒にしていた秘密を、「署長だけは理解して、受け入れてくれていた!」と感じたからかもしれません。
あるいは、刑事になるための署長のアドバイスを素直に受け取ったせいなのかも。

ミルドレッドの暴挙で死にかけたというのに、突然やる気になるディクソン。ギフトショップを訪れ、脅しをかけた男が武勇伝のように語る蛮行を耳にして、刑事魂に火が付きます。

男のDNAを、文字通り命がけでもぎ取って、ついに手がかりゲット!

いや、普通に髪の毛2本位引っこ抜けばよかったんでは。唾液のついたビール瓶を確保してもいいんだし。でも、刑事としての正義感に燃える彼に、そんな声はもう聞こえません。

誰しもが持っている「利己的遺伝子」。それをどうコントロールするかが、コミュニケーションの肝といえるでしょう。でも、いつもいつも自分の気持ちを押し隠せるわけがない。常にどちらかに振れています。

だって、人間だもの。

世の中に、純粋無垢ないい人もいないけれど、100%の悪人もいない。
この映画は、とても「人間的」な人々の、「人間的」なドラマなのです。


■ ミルドレッドが戦闘服を着る理由

「太った歯医者」と聞いただけで、どこのどいつか分かる、おまけにクリニックの場所まで分かっちゃうほど小さな町で事件に巻き込まれることはつまり、人々の視線を浴び続けることを意味します。そこには同情もあれば、好奇の目もあるでしょう。息子だって学校で嫌味を言われている。

だから。
ミルドレッドはずっと戦闘服を着ているのです。

神父のとりなしも効果なし。彼女の行動は誰にも止められない。
なぜなら、彼女は他者への感情で動いているわけではないからです。
ずっと胸の中にあるのは、娘との最後の会話です。

…よりによって、あんなことを言ってしまうなんて。そして、その通りになってしまうなんて…

警察への怒りを爆発させているクレイジーなおばさんに見えるミルドレッドですが、実は彼女の怒りは自分自身に向かっているのです。
母として。
人間として。
あたたかい言葉をかけてやれず、娘を守ることができなかったことへの自責の念。この闘いは、彼女にとっての贖罪といえます。

ウィロビー署長の決断によって町中がミルドレッドに敵意の視線を向ける中、唯一といっていいほど普段通りなのが、ペネロープです。
元夫の今カノで、なんと19歳。
動物園をクビになり、今は乗馬クラブで馬の飼育係をしているというペネロープの空気の読めなさ、おバカちゃんぶりは、愛さずにはいられません。

彼女の台詞である「怒りは怒りを来す」は、映画のラストを方向付けています。


■ 忘れちゃならない、映画の“友”

ところで、映画といえば、ポップコーン、ポテトチップス、ワッフルなどのおやつ選びも大切ですよね。映画館であま〜い香りをかぐと、ついサイフを取り出してしまいそうになります。
ですが、わたしがオススメしたいのは、そんなヤワな食べ物ではありません。

映画を観るとき、必ずわたしの手元にあるおやつは、こちら。


え?と笑った、あなた。
あなたはまだたい焼きの可能性に気づいていないのです。
たい焼きの優れている点を挙げてみます。

・音がしない
映画を観ていて一番迷惑なのが、食べ物などの音。バリバリ、パリパリ、コリコリ、カサカサ。全部、ぶち壊しです!!!
・手が汚れない
意外に大事なところです。映画を観ながらメガネを触る、コーラを飲む、スマホに手がいく、そんなときに、手がベタベタだととても困ります。とはいえ、モグモグして手をフキフキしてって、そんなことをしていたら。全部、ぶち壊しです!!!
・糖分補給できる
映画は総合芸術といわれます。本編で視覚・聴覚・触覚を満たし、周囲の甘〜い匂いで臭覚と味覚も刺激しているのですから、脳が疲れます。糖分が足りなくなってきた映画中盤に、フッと気が緩み、気づくとエンドロールが流れていたら。全部、ぶち壊しです!!!


たい焼きの優秀性をご理解いただけたでしょうか。
たい焼きこそ、映画の“友”なのです。

なにより、たい焼きはノドに詰まらない。皮がパリパリのタイプは、せんべいに似ているので、鹿にもあげられるかも。

なぜ「鹿」なのかというと、孤独な闘いを続ける母の前に現れるのです。まさに、“神の使い”として。
なにしろ“神の使い”ですから、神出鬼没(だって野生動物だし)。他の人間みたいにミルドレッドを諭したりもしない(だって野生動物だし)。実は花壇を狙っている可能性もありますけれど(だって野生動物だし)。
鹿の1日の食事量は3キロにもおよぶそうです。わたしたちも、いつか出くわしたときのために量も確保しておいた方がいいかもしれません。“神の使い”に何も差し上げないのは不敬に当たると思われます。

さぁ、あなたも、いつも手元にたい焼きを。


そして……。

母を、許してほしい。

もうこれ以上ないくらい、心が血まみれなのだから。

出典:「スリー・ビルボード」オフィシャルサイト


だらしなく眠る息子を見つめるミルドレッド。
世界そのものだったママの髪をなでるディクソン。
愛する者に別れを告げた仇敵同士のドライブは、ミルドレッドの朗らかな笑顔で始まります。
どうか彼らの行く先に幸あれと祈らずにはいられません。


わたしの母ならこう言うでしょう。

「ラストはよう知らんけど」

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