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帰りたいけど、帰れない想いをうたう 映画「中島みゆき 夜会VOL.20「リトル・トーキョー」劇場版」 #378

「リトル・トーキョー」と呼ばれる日本人街は、世界中にあるそうです。有名なのはロサンゼルスのダウンタウンにある街でしょうか。

1982年の映画「ブレードランナー」でも、日本語のネオンが光り、屋台では日本語での会話が交わされていました。もっともこれは新宿歌舞伎町の様子をヒントにしたそうですけれど。

ブレードランナー1

東京だけれど、東京にはない街。それが「リトル・トーキョー」で、この言葉には「帰れない場所の代わり」という郷愁が含まれているように感じます。

帰りたいけど、帰れない場所。言い出せなくなってしまった「帰りたい」気持ちのカケラを、そっと預かってくれる場所。

中島みゆきの「夜会」で描かれる「リトル・トーキョー」は、まさしくそんな場所でした。

「夜会」は、みゆきさんが原作、脚本、作詞、作曲、演出、主演を務める音楽舞台劇です。ミュージカルなの? コンサートなの? とよく聞かれますが、どちらとも違っていて。「夜会」は「夜会」なんですとしかいいようがないんですよね。「街角のクリエイティブ」に以前書いた記事では、こんな風に表現しました。

「夜会」は、歌主体のコンサートでもなく、芝居を楽しむ演劇でもない。既存のカテゴリーに当てはめられない、すべてのエンタメを融合して“みゆきさんの脳内を映し出したもの”といえるかもしれません。

「夜会工場」はガラコンサートなのですが、「リトル・トーキョー」は通常の?公演です。映画は、2019年1月から東京の赤坂ACTシアターで行われた公演の劇場版になります。

これまでの「夜会」よりもストーリーがはっきりしているので、初体験の人でも分かりやすいかなーと感じます。おまけに5.1サラウンドなので音がくっきりしている。ものすごく贅沢な劇場版なんですよ。

舞台は北海道にあるクラッシックホテル。イギリス人の動物学者が、開発から狼の生息環境を守るために確保した山の一角にあります。ひとりでホテルを守ってきた妹役の中島みゆきと、ミュージカル歌手として上京し、成功した姉役の渡辺真知子が再会。でも、ホテルには観光資本の手が迫っていて……というお話です。

待ち続けた妹。帰ってきた姉。そして、隣の農園の「おいちゃん」には、家庭の都合で帰ってこざるを得なかったという事情がありました。

みゆきさんの歌にはこれまで何度も「故郷」や「国」といった歌詞が登場していますが、その意味するところが「リトル・トーキョー」では、より濃くなっているように思います。

寺山修司は「祖国」を、命を捧げて守るに値するほどのものなのだろうかとうたいました。

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

みゆきさんがうたうのは「遠く離れざるを得なかった者」、そして「阻害された者」による望郷の想いです。愛しい、哀しい、憎い、でも抱きしめたくなるほどに焦がれる想い。

みゆきさんが歌う「野ウサギのように」もよかった。渡辺真知子のエンターテナーぶりに酔った。「夜会」のテーマ曲である「二雙の舟」には涙が出た。

印象に残っているのは、「おいちゃん」役の石田匠が歌う「テキーラを飲みほして」でした。

1983年に発売されたアルバム「予感」に収められている「テキーラを飲みほして」。このアルバムでのみゆきさんの歌唱には、やけっぱちをゴウゴウした強火で焼き尽くしてタンカを切るしかない女の悲しみがありました。

一方で、ロックバンドのボーカルだった石田匠の歌声は、地底深くからグラグラしたマグマが吹き上がってくるような凄みがある。

ああ、この歌を聴けただけでもよかったと思えるスペシャルパワフルな一曲です。

帰りたいけど、帰れない場所。言い出せなくなってしまった「帰りたい」気持ちのカケラを、そっと預かってくれる場所。

舞台の中でみゆきさんは、「帰るべき場所を提供してくれる存在」でした。自分の寂しさはそっと閉じ込めて。

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