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素直さだけがとりえの少年が出会った“普通”じゃない人々 『妖怪アパートの幽雅な日常』 #498

現代人に必要なのは、「避難場所」ではないのかな。

仕事はもちろん、学業や、家族や、もろもろのことから避難して、「HP」の回復をはかれる場所。そんなところがあればいいのに。

中学一年生の時に両親を亡くした夕士は、早く独り立ちしたいと願っていました。学生寮つきの高校に進学するも、火事で寮を追い出されてしまう。行き場を失った夕士がたどり着いたのが、格安のアパート「寿荘」。ですが、そこは妖怪たちの住処だった……という小説が、香月日輪さんの『妖怪アパートの幽雅な日常』です。

10巻で話は完結していますが、「外伝」や「相談室」といったスピンオフ作品もあります。

一度は「寿荘」で暮らすことにした夕士ですが、そこに住む人々が「普通」ではないことに気づいて、出て行ってしまいます。

だけど、「普通」ってなんだろう。

霊が見えないこと?

男が自分のことを「アタシ」と呼ばないこと?

考えに考えた末、「寿荘」に戻ろうとする夕士。でも、歩いても歩いても、探しても探しても見あたらないのです。一度「縁」を切ってしまうと、もう二度とつながることができないのか。切実に「避難場所」を求めた瞬間、ふたたび「寿荘」を発見。そして自分の居場所を見つける、というストーリーです。

「寿荘」に暮らすのは、高校生だけど除霊師な秋音や、ヤンキー画家、会社員のフリをしている妖怪たち。絶品料理を作ってくれる賄いの「るり子さん」は、手首しかありません。アパートで暮らすうちに魔道書の持ち主になってしまった夕士は、これを使いこなすための特訓も始めることになります。

違う世界や違う価値観に触れてこそ、世の中はおもしろいもの。でも「HP」に余裕があるから、周りを見ることができるのでは。素直さだけがとりえだった少年が、高校を卒業して、オトナへの一歩を踏み出す。その過程で出会う人々や普通じゃない出来事は、「HP」の回復に必要なものだったのだなと思います。

マンガ化、アニメ化もされています。元がヤングアダルト小説なので、相性はいいはず。主人公が高校生なので、学校行事や修学旅行といったシーンもたくさん出てきます。

“普通”じゃない人々との交流によって成長する少年に、とても励まされました。つらいことが続いた時は、公園のブランコに座って切実に願ってみよう。夕焼けの中、オレンジの光をみつめながら。「避難場所」をください、と。



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