あと100日なので
10日弱の入院後、自宅に戻ってからも悪阻の症状は続いた。
こんなことを書くと医者に怒られそうだが、その時担当していた展示会案件をどうしても他の人に任せたくなくて、気合いで退院した自覚があるので、症状が改善していないのは当たり前だった。幸いにもフルリモート勤務ではあったが、オンライン会議の前後に吐いて、画面に映る間は笑顔を作り、視界と思考をぐるぐるさせながらどうにか毎日の業務をこなしていた。
せめて任された仕事だけはしたい。
そこに自分の価値を置くことで細いメンタルを繋げていた。
つわりについて振り返ると、5週で吐きづわりが始まり、11週で入院、17週でやっと人並みの生活に戻ったと思う。トータル80日ほど。2ヶ月半ぐらいは地獄の日々だったことになる。
終わりが来ないのではないかと絶望している過去の自分に、80日間のカウントダウンをしてあげたい。ちゃんと終わった。
といっても、俗に言う「マイナートラブル」は7ヶ月になった今の方が多い。むしろ日々そのトラブルとやらが増えていくので、ここが妊娠本番なのかなと思う。
まず味覚。
吐きづわりが終わって固形物を食べられるようになったものの、ずっと味覚はおかしい。毎日5〜6回ほど歯を磨かないと口の中がプラスチックのようになる。(これは全然周りに伝わらないがかなり的確な表現だ)
私のベロはどこに行ったのだろう。産んだら治るのだろうか。何を食べても微妙に美味しくない。食が楽しくないのは本当に辛い。気が沈む。
そして頻尿。
もともとトイレの回数は多かった方だが、妊娠して拍車がかかっている。夜は尿意で最低3回は起きる。子宮が膨らむことで膀胱が圧迫されるのが原因らしいが、「産後の夜泣き対応に向けて、熟睡しないよう体が準備している」ともあった。いや、今こそ母を寝かせておくべきではないのか。そんな有り余る気遣いはいらない。
とにかく家でも外でも常にうっすらトイレのことを考えている。
さらに眠気。
とにかく一日中眠い。本当は何もかも放って永遠に眠っていたい。仕事中も食事中も会話中もずっとずっと眠たい。「眠気ぐらい我慢できるのでは?」と言われそうだが、永遠に眠くてだるい日々を送ったことがあるのかお前は。覇気もない、やる気も出ない、とにかく目を閉じたい自分がどれだけ悲しいか。周りの元気な人間を見ると羨ましくて仕方ない。本当に眠い。
極め付けは見た目の変化。
当たり前だが腹が出る。これは仕方ない。
胸が大きくなって乳輪が真っ黒になる。黒くなる必要はあるのか?毎日風呂に入る前に見ては落ち込む。
シミが出来る。濃くなり増えていく。コンシーラーではもう勝てない。
髪と歯がボロボロになる。助けてくれ。
毛が濃くなる。とても悲しい。
私は妊娠前、美容に取り組むのが好きだった。分かりやすく自己肯定感が上がる。美容クリニックでつるつるに脱毛をし、シミをとり、噂の美白クリームを全身に塗り、髪にもトリートメントを欠かさなかった。
その努力はこの数ヶ月で跡形もなく消えた。
妊娠の症状について何となくは分かっていたけど、日々変化していく自分についていけない。ああ、私の努力は何だったんだろう。自己肯定の力など消え失せる。
ネットなどで「妊娠中に浮気された」という話を目にすることがある。以前までは「ひどいなあ、大変な時期に」と漠然にしか想像できなかったが、今ならもっとリアルに想像できる。妊娠中の浮気は本当にきついと思う。
母親の体になっていく複雑な気持ちと日々闘い、一般的な美しさ・女性らしさに対する自己肯定感が地に落ちていく期間、もし浮気などされたらおそらく私は壊れてしまうだろう。
もちろん美しさだけではない。
キャリアに変化が出ることを受け入れ、人生の時間をある程度止めて、やりたい事をセーブし、社会から一旦距離ができる。もう最弱である(少なくとも私はそう)。
きっとそう感じる女性たちも少なくないと思う。
「あなたの遺伝子を取り込んだゆえのこの変化によってあなたに嫌われるなんて。もう死んでしまいたい」きっとそう思う。
「ボロボロの妊婦よりイキイキしている女性の方がいいな」と思ってしまう男性は、このどうしようもない悲しさのことを少し考えてほしい。分からないなら局部を切り落としてほしい。
あとは細かいものがたくさん。挙げればキリがない。
耳が聞こえづらい。耳管開放症というらしい。
腰が痛い。恥骨痛や坐骨神経痛など、股付近の痛みが色々ある。
メンタルがひどい。急に涙が出たり悲しくなったりする。
体力が無い。すぐに息切れして動けなくなる。
体温調節ができない。極端に暑いし寒い。
しゃがめない。起き上がれない。靴下が履けない。眠れない。
なんなんだもう。生きていて偉い。
と、
妊娠におけるマイナスなことを書き連ねたが、4週間ごとのエコー健診で会う赤子はやはり可愛い。毎日強くなっていく胎動もだんだん面白くなってきた。自分はそこまで赤子に愛着を持たない方だと思っていたが、成長や動きの変化によって1人の人間として認識してくると、さすがに可愛らしいと思えるようになった。
残り100日ほど。
色々と思うことはあるけれど、日々は過ぎる。
私は無事に産めるのだろうか。恐ろしい。
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