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介護が必要なのに認めてもらえないのか

(今回は長文です)

ものの見事に「グレーゾーン」にハマってしまったのだろうか。

障がい者なのに障がい者と認めてもらえない

介護しているのに介護をしていると認めてもらえない

という状況になった。

「医師界のバカヤロー」と叫びたい


経過

家族の話である。

2年ほど前から、歩行がおぼつかなくなった。

自転車で転倒をして、自転車をやめ、杖を使って歩行して転倒をし、1年ほど前からはシルバーカートを使うようになり、半年ほど前からは車イスをレンタルしはじめた。

原因がわからない。
婦人科、泌尿器科、内科、と渡り歩いた。

内科から、某整形外科への紹介状をもらい、某病院へ。

そこでレントゲンやいろいろやった。結果、言われたのは、「頚椎損傷」であった。転倒+加齢によるものであろうと。

「今すぐ入院してほしい」
「手術以外に手はない」
「そのままにしておけば状態は進行する」

しかし、入院はせず、帰宅した。

「手術がこわい。体を切り刻まれる」と。

極度の医者嫌いなのだ。医者嫌いというより「人間不信」なのかもしれない。

歩行はだんだん厳しくなり、何度も転倒するようになった。

先々週、寝ている状態からイスまで到達できなくなった。イスに座らないと、テーブルの上にある水まで手が届かない。「水が飲めない。苦しい」と、会社にいる私に連絡が来たが、会社から家までは1時間半以上かかる。私は迷わず救急車を呼んだ。

救急車に乗らなかった。

救急車に乗らなかった。救急隊員にはお引き取り願ったという。

イスに座らせてもらい、水を飲んだら、「大丈夫です」と。

隊員からは「この状態でひとりは危険。入院して治療したほういい」と言われたが、

「家族と相談します」と言って、お引き取り願ったと言う。

数日後、(相当文句を言われたが)久々に近くの病院へ強引に連れて行った。

そして手術ができる整形外科への紹介状を書いてもらい、整形外科へ行った。

前回と同じ病院だった。前回のカルテとデータ、そして今回のレントゲン結果などを見た医師からはやはり「入院してほしい」と言われた。

結果。

結果、帰宅した。

「入院して手術するのか。しないのか」

と問う医師に対し、彼女はイエスともノーとも言わない。

誤魔化したり別の症状を言い出したり、質問に質問を重ね、5分前にした質問を2度も3度も繰り返す。「それは先ほども言いましたが」というセリフを医師は何度も繰り返した。

看護師さんから「ご主人はどうお考えですか」と聞かれ「入院希望です」と言った。そうしたら、「あなたは、私が入院することで、ラクになりたいのか」と言われた。

そして入院手続きをする刻限をはるかに過ぎ、医師も匙を投げた。


「心のケアもして、不安を取り除いてあげなければいけないが、私にはそれはできない。整形外科と精神科のある総合病院で診てもらってほしい」

と、別の病院の紹介状を書いた。

10時半に病院に到着し、病院を出たのは夜6時半だった。

しかし、別の総合病院へ行ったところで、やっぱり「入院してほしい」という要請を無碍にして帰宅する、という事を繰り返すのではないか、という事は想像できた。

それと、その紹介状を書いてもらった病院に「整形外科と精神的なものとの両方を診てもらえるのか」と聞いてみたところ、「それはできない」と言われた。
大病院は、とにかく「紹介状ありき」の世界。だから「二度手間」なのだが、複数にまたがっていれば、それが倍数になりかねない。

悩みに悩んだ。いろいろ考えたが、総合病院(の整形外科)へ行ったとしても意味がないと思い、行くのをやめた。何か別の方法を考えなければならない。

泊まりの出張はあきらめよう

長時間を使って1日をまるまる無為に終えたのも精神的に参ったが、毎日介護する日常そのものもきつい。

数十キロの重さの人間を抱え上げ、移動させている。

仕事のある日、休みの日に関わらず、朝は「◯時に起こしてほしい(抱え上げて移動させてほしい)」から始まる。

モノを握って移動することができないため、スマホや電気のリモコンをいちいち動かしたりスマホの充電などの細かな事も家族の役割になる。

毎日寝る時も、布団まで抱えて移動させ、きちんと布団まで移動したのを確認してから寝る。

家事も行う

子どもの協力があって、家事の「すべて」ではないとはいえ、子どもにとっては大きな負担だ。「何で私が?」という思いもあるだろう。
私は、こんな未来は全く予測できなかったとはいえ、子どもとは立場が違う。介助をするのはある意味、義務のようなものだ。

ただ、サラリーマンとして朝から夜まで勤務に出なければならない。グッタリした状態で帰宅するのだが、そこからさらに「仕事」が始まるのである。

本来は泊まりの出張も多々あるのだが、もうムリだと判断するしかない。同僚にかける迷惑も大きい。

私の職種は、リモートワークが厳しい。

私が家にいない日中、転倒してスマホも水も取れない状況になったら、私が帰るまで身動きできず助けも呼べない事になる。
そのことを予測して、医師からは

「だから入院してほしいのです」

と言われたわけだが、当人は、イエスともノーとも言わないのである。

医師が「絶対」

こうなるともうひとつの手として、「福祉に頼る」を考えたいのだが、これがさらに大変なのである。

福祉への道は大きく二通りある

◯介護手帳

◯障害者手帳

保健所へ行き、介護課へ。

「介護」については65歳以上が原則。「以下」の場合でも特定の疾病なら該当するのだが、「頚椎…」についてはあてはまらないという。

介護課から障がい者支援課へ移動した。

障がい者課では、「医師の意見書が必要」と言われ、その用紙と、その用紙に意見書を書ける医師のリストを受け取った。

しかし、この「医師の意見書」を医師が書いてくれない。

理由は「治療をしていないから」

治療をしたうえで、それでも状態が変わらない事を確認したうえで、意見書を書くのだという。この場合の「治療」とは「手術」しかない。

「治療を受けてくれない。それで家族が困っているから、こうやって頼んでいるんだ」と言っても、「治療してください」の一点張り。

確かにそうかもしれない。言わんとする事もわかる気がする。が、現に、今、家にいる人は明らかに介護が必要だ。

このまま介護をする側が倒れても「手術しなかったんだから知ったこっちゃない」と言われているようなものだ。

なんとか、どうにか手立てがないのか。

包括支援センターに2度ほどかけ込んだが、「うちは介護だけですので」の返事。つれない返事だ。「包括」とは名ばかり。

保健所や複数の病院、いったい何箇所に何度電話したかわからないが、結局は、「本人を説得するしかない」が今の所の唯一の結論だ。

が、私だけでなくいろいろな人が説得しても、イエスとは言わない。

「あなたに私のツラさはわかるまい」と。

たしかに、わからない。


保健所に窮状を訴えたら、
「それは大変ですね」
と言われた。でも保健所にどれだけ訴えても直接救ってはくれない。

これが「八方塞がり」という事なのかな。

でも自分ではこれが大変なのかどうかわからない。世の中には私よりもっと大変な思いをしているかもしれないので。

理不尽

「介護」「障がい者」、どちらにしても、医師の意見書が必要となる。

100人見れば100人、介護がなければ生きられないとわかる状態だ。状態も進行している。

それなのに、医師の診断が必要ですか?

見れば一目瞭然なのに、手術をしなければ意見書は書けないのですか?

どこに怒りをぶつければいいのだろう。医師界?福祉界?

介護をしていると、日々怒りの感情がわく。

でも、当人だってつらいだろう。ジレンマを人にぶつけたいのだろう。

だから今、私は感情を捨てるようにしている

絶望感

介護疲れ、と言う言葉があるが、私の場合は、それより大きい絶望感がある。

「公的なところは助けてくれない」という、福祉の支援が絶たれている事への絶望感である。

とりあえず補助はまったくない状態だがそれでもヘルパーさんを呼ぶ事を検討するしかない。が、「介護」の年齢になるまで7年近くある。今も経済状態は良くないのに何の援助も得られない。

寝たきりになったら、生活はどうなるのだろう。

仕事はどうなるのだろう。



「誰の助けもない中で、なぜ私は生き続けなければいけないの?」という疑問が湧いてきた。



#今こんな気分

至ってごく普通のサラリーマンのつもりですが少し変わった体験もしています。