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映画へGO!「キリエのうた」★★★★☆

(※多少のネタバレあります)
ただ景色が映し出されているだけで号泣してしまい、涙が止まらなくなる映画体験をしたことが何度かあります。
例えばペドロ・アルモドバルの「All About My Mother」では、列車の旅でトンネルを抜けバルセロナの街に入っていく夜景のシーン。岩井俊二の「Love Letter」では、画面いっぱいに眩しいばかりに真っ白く拡がる雪のシーンとか。
どちらも私の人生のお気に入りムービーです。

私にとって岩井俊二さんは、単なるカメラで切り取られた視覚的な”風景”ではなく、人の心情というフィルターを通すことで胸に突き刺さる”情景”を描ける監督である、と心の引き出しにしまわれていた中での、本作の鑑賞となりました。

3時間にも及ぶ岩井監督の「キリエのうた」は、そのように心をかきむしられる様々な情景が連鎖する、一篇の叙情詩のような映画でした。
シンプルに言うと、キリエの喪失から再生の物語。

物理的な旅を描いているわけではありませんが、ロードムービーのようなビターな肌触りを感じます。伏線を完ぺきに回収して綺麗にまとめていくというよりは、世界観をはっきりと提示しながらも、その先の展開は観るものに委ねてくれる自由さを与えているのが、私には座りがよかったのでした。

全体を支配するのは主人公キリエの歌です。
いわゆるミュージカルではありませんが、音楽劇かのようにいろいろなシチュエーションでキリエは歌います。
ある時は路上にいる大勢の見知らぬ誰かの前で。またある時は目の前にいる大切なただ一人のために。そして時には独りでも。
キリエはしゃべれないけれども、歌は歌える。歌うことで人と関わり、自分の心の傷を癒し、なんとか生きている実感を得られるという女性なのです。

観ている者は遅かれ早かれ、ただ話をすることと、歌を歌うことは、同じ声を出すにしても、まったく違うココロとカラダの仕組み・構造で成り立っているという事実に気づかされるのでした。

出演する俳優はどれも素晴らしく、キリエを演じたアイナ・ジ・エンドの生々しい存在感には終始惹きつけられました。とはいえ何より感心したのは広瀬すずです。
大学を目指して勉強する女子高生から、女結婚詐欺師までの幅を、きめ細かい絶妙な表現力で演じ、何度もハッとさせられました。ただ可愛いだけじゃない。
さらに、アイナ・ジ・エンドと広瀬すずのバディ感いっぱいのカップリングは見事でしたね。誰が考えたのか、何たる自然な収まりの良さ!

印象に残るシーンはたくさんでした。
まずキリエが歌うところはすべてであり、何度涙腺が緩んだことか。
特に音楽プロデューサーに水を向けられ、喫茶店で突然みんなの前で歌い出すまさかのシーンは鳥肌ものです。自分の人生でも一度でいいからこういう瞬間に出会いたい(笑)。そんな気分にさせられました。

それ以外にも、駅のホームでキリエがバレエを踊るシーンもなぜか印象深く心を揺さ振られましたし、広瀬すずが男に刺されながらも、キリエのライブに駆けつけるために走っていくシーンもシンボリックで美しかった。
この映画のキーカラーである青と白の花束を抱えて「こんなのかすり傷だよ」と呟いていました。

全体的にうるうるしっ放しの3時間となりましたが、こういう映像体験は、家で観るドラマでは決して味わえないものですし、映画というアートフォーマットならではの、祝祭的なイベントのように改めて感じたのでした。
やはり岩井俊二は才能ある監督です。

個人的評価:★★★★☆
好きな映画でした。上映時間が3時間と長かったですが、冒頭の15分ですでに観に来て良かったと信じられました。
チョイ役として、豪華で面白いキャスティングもされています。粗品・ロバートキャンベル・豊原功補・松本まりか・武尊・鈴木慶一・石井竜也・江口洋介・・・うっかりしていると観逃しちゃうレベル。




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