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朝日町の夜

あさみと会ったのは9年振りだった。

高校を卒業してから地元を出た私とは、少し違う道を歩んでいた彼女とは、頻繁に連絡を取ることはなかった。

「あ、ここ。番台呼ばないと出てこないから」

都心に出た私が仕事の都合で朝日町という場所を訪れることになって、ひょんなことからあさみがそこに住んでいることを知り、あさみの家で酒を飲むことになった。一風呂浴びないかと言われ、ほろ酔いの中2人、歩いてきたのだ。

「銭湯ってガスの匂いしないから好き」

あさみが言うのは、温泉で香ってくる硫黄の匂いだろう。目を細めて白い歯を見せてくる。

いつも見慣れた笑顔だ。

「銭湯なんて何年ぶりだろ。ここの近く、何もなくて不安になっちゃった。」

たしかに夜道は暗かったのだ。あさみの家を出てこの銭湯のある住宅地に辿り着くまで、虫の音かまびすしい道を長いガードレール沿いに歩いてきた。銭湯の近くには、住宅地の道路向かいに中の見えないカラオケ・スナックと薄い灯りの付いたコンビニ兼スーパーがあった。

言う私に、小首で頷きながら小さい紙切れを2枚、番台の机に置く。

「おごりだから」

回数券を持っているということは、相当の常連なのだろう。

「こんばんは。今日は早いね」

脱衣場に入るなり、これまたいつもいる風のお婆ちゃんに話しかける。

「今日は遅番やからね、早めに来たわ」

なぜだろう。銭湯だとこんなにも他人との会話が自然に思える。

「こんばんは。」

私も笑みを返し、脱衣を始める。

ガラガラッ

お婆ちゃんが出ていった後、誰かが入ってきたようだ。

私たちは構わず、無言で支度をする。

入ってきた客は大きなキャリーバッグを持っていた。

ミントグリーンのバッグの角は、脱衣所のぬるい光を浴びてつやっとしていた。ロングヘアーの女の子はこちらを不思議そうに見つめる。

「ねえ、旅行かな。私たちと同年代じゃない?」

彼女はスマホと、壁に貼られた入浴のルールを見比べていて、ちらちらとこちらを見ている。

バタン。

不意に大きな音であさみがロッカーを閉めた。

「早いね、あさみ。ねぇ、あの子に銭湯ルール教えたげたら」

そう言って横を向いた私は、言葉を失った。

露わになったあさみの身体は、全身が極彩色に彩られていた。
それはうねる波の中にひんやりと佇む、赤い鯉と、両腕と両足に咲いた大きな鱗模様だった。鱗はまるでボディースーツのようにぴったりと、彼女の体をダイナミックに這っていた。

私は言葉を失ったのだ。
あまりに美しかった。
伏し目がちなあさみの睫毛はこんなにも黒く濡れていたかと思った。

彼女の体は、その鮮やかに刻まれた文様にも負けず、雄々しく光を放っていた。

「何、何か言いたいことがあれば言いなさいよ」

あさみは微動だにせず言葉を放ったが、それは私ではなく旅行客の女に向けられたものだという事が分かった。

「いえ」

女の子は少し困った顔をしたようだが、私は気にせず「ご旅行ですか?私も、ここは初めて来て。銭湯、いいですよね。」

にっこり笑って、少し間を空けた。

「私、長湯だから先行くわ」

あさみはスタスタと浴室に入り、私たちは電気風呂とジェット風呂を交互に入り、男の眉の好みについて語り合った。

旅行客の女の子は相当な長湯らしく、気に入った湯船で足を動かしていた。

銭湯の洗い場のお湯はシンプルだ。
赤いレバーと青いレバー。
赤いレバーがお湯で、青いレバーの水を足して調節する。

シャンプー用なのか、位置を調整できる絶妙にくたびれた銀色のシャワーが洗い台の少し上から首を出している。

捻ると水流のゆるい、ちょうど良い温度のお湯が小さな穴から飛び出してくる。

シャワーの穴もたまに潰れているのか、時々意図しないところに当たり私はうめいた。それを見つけたあさみは笑っていた。

「目が覚めていいやろ」

帰り道の途中で色の褪せた自販機で買ったコーラを飲みながら、あさみは言った。

「萌絵花。私萌絵花のこと好き」

「どれくらい」

「二日酔いの時に食べるカイワレ大根くらい」

あさみは虚空の闇に光るオレンジ色の星を見つけ、「あれは私の誕生石よ」

と言い、私は必死に9月の誕生石を説明したけど聞かなかった。

あさみが生まれた朝、明け方に母親が初めに見た星だと熱く話していた。

あれ以来あさみとは会うことはなかったが、私はこの晩のことをずっと忘れないと思う。

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