フィットネスクラブ業界が飛躍するために必要な3つの要素

フィットネスクラブ業界に所属して2年。マーケット自体をさらに大きくするにはどういうシナリオや要素があるのかをこの半年考えており、そのメモです。

サマリー

フィットネスクラブ業界が飛躍するためには以下に取り組む必要があり、

・A(フィットネスマーケット内での拡大)によってフィットネス人口を拡大し
・B(フィットネスマーケットの外との連携)によってフィットネスクラブを日常生活の中心とし
・C(健康課題を解決することへのインセンティブ設計=スポンサーの獲得)によってフィットネスクラブの社会での価値を立証し、新たな収益源とする

上記を実現するには以下の能力やアクション、プレーヤーが必要であると考えます。

・「エンタメとしてのフィットネス」から「ヘルスケアとしてのフィットネス」への転換
・APIやSaaS、デジタルを起点にしたカスタマーサクセスなどのケイパビリティを業界全体として保有している
・BとCは外部とのデータ連携を実現するプレーヤーの創出または業界一体となった取り組み

A:フィットネスマーケット内での拡大


1:地方マーケットの拡大

・総合型フィットネスクラブの東祥が地方で拡大を続けている。

「地方都市の郊外エリアには、従来、子どものための競技系のスイミングスクールがあるだけで、ジムは申しわけ程度に併設されているレベルでした。健康作りを目的に大人が楽しく通い続けるような環境はなかったのです。それまで、スポーツクラブ・ビジネスの経験はありませんでしたが、少子高齢化、健康志向という世の中の流れから言っても、地方都市の郊外にはシニア層を中心に、スポーツクラブに対する潜在需要が存在するはずだと確信しました。それで、周囲の反対を押し切って、1996年に新規参入を果たしたのです」

・24時間ジムのパイオニアであるエニタイムフィットネスも然り

熊本県では昨年7月に1号店を直営で熊本市内に出した。前年に熊本地震があって、そうとう苦戦することも覚悟していたが、オープン月だけで約1000人もの会員が集まった。その約2カ月後、近くに出した2号店もすぐに1000人集まった。12月中旬には熊本で5店目がオープンする。今、こうした地方での大量出店が当社の急成長を引っ張っている。

2:オンライン

・コロナも有りいくつかのスタートアップは調達を行い事業を加速中

・以下のようにテクノロジー経営や顧客基盤を生かして、事業領域を広げていくのが増えるのではないか。

・顧客基盤をベースに、D2Cへの参入するsoelu
※フィットネスチェーン最大規模のカーブスも物販の売上高比率は高い。

・「健康の習慣化×テクノロジー」を武器に他の市場に参入。->健康経営や保険組合向けサービスを提供する「BeatFit

3:SaaS

・フィットネスクラブのマーケットは5000億円とそこまで大きくはない。出店の初期費用には数億円がかかるので大手の寡占。M&Aによる業界再編は過去に一段落し、大手も不動産やエンタメの子会社となり落ち着いている(次は事象継承など別の論点が出てきそうだが)ためSaaSは入りにくいみたいな話もある。

・一方、後述のプールレス、専門スタジオ、パーソナル専門などが出店を加速しており、市場の分散傾向も見られるので、SaaSが入り込む余地はまだまだあるようにも見える。

※単純に寡占というより、業態バリエーションが今までは少なすぎるという話もある。

・業務効率化のSaaSは「hacomono」などが新興プレーヤーとして出てきている。ただ、塾業界向けSaaSの「Comiru」、病院連携を実現する「Medup」などのリード獲得まで踏み込んだSaaSはまだ少ない印象。

4:バジェット型が地方マーケットをより加速

・プールレスの月額3000円台のジムが多く登場するようになった。低価格によりマーケットが広がりフィットネス参加人口が増えれば、さらに低価格を引き起こし、好循環が生まれる。直近はデジタル武装した新興プレーヤーも出現。

・土地が余る地方では、複合施設になることで、異業種からの参入は増えそう。イオンも「イオンスポーツクラブ 3FIT」として新規出店を加速。

5:専門スタジオ

・ピラティス、高地トレーニング、ストレッチなど専門スタジオは、ホットヨガのLAVAが450店舗を超える出店に成功したので、意志とマーケティング力さえあればそこそこの規模感(数百店舗、売上3桁億円)になるのでは

・中国でユニコーンとなった「SUPER MONKEY」のようなモデルが生まれるか注目。

6:ダイエット

・価格を抑えたパーソナルジムが出店を加速。単なるパーソナルジムにとどまるか、アメリカでダイエットセンターが一大産業になる(Weight Watchersは売上1500億円規模まで成長)くらい、日本でも「ダイエット」が業態として確立されるのか。

2021年5月に企業価値37億ドルの評価額をつけた「NOOM」が日本より撤退。

7:OMO店舗

・これだけオンラインでのサービス提供が増えると、今までの来店してお金を払っている期間しか顧客と見なさいという思考からは脱却し、CPA/LTVの考え方は変わってくるのではないか。

・店舗会員から退会しても、オンラインで接点を持ち続け、通う意思があった時にまたオファーするというようなカスタマージャーニーを作れるかが競争優位となるのは明白。

8:DX

・店舗ビジネスのままトランスフォーメーションは難しい。


まとめ:

他にも論点は色々とあると思いますが、フィットネスクラブのマーケットは、経産省の試算でも10年で2倍と高い伸びが期待されている通り、大きくなりそうです。

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ただ、今後の高齢社会において、福祉的要素(運動施設の提供や運動に関する有資格者をメインに雇用)を持ちながら民間企業でもあるフィットネスクラブは単純なマーケット規模以上の価値を持ちうる存在になるのではと考えます。

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B:フィットネスマーケットの外との連携


1:メタボからロコモ

・「メタボ」が現在のフィットネスマーケットを支える1つの要因とすると、「ロコモ」が新たなフィットネスマーケットを創出する可能性はある。

・※ロコモの認知率は2019年の調査で44%、理解は18%とメタボに比べるとまだまだ低い。一方メタボは2008年時点で理解度が90%を超えている。

2:介護マーケットの融合

・1の延長で、融合するのか、新しく別のマーケットが立ち上がるのか。現在は介護保険と民間は完全に別れている。

・ルネサンスはメディカルとフィットネスの融合を掲げ、介護保険事業をフィットネス業界の中では先駆けて展開している。

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・オーストラリアでは理学療法士が開業権を持っており、ピラティスも保険適用。そんなオーストラリアでは「PhysiotherapyConsultant」という職種があり、理学療法士が社会の中に溶け込んでいる。

・フィットネスクラブが理学療法士や彼ら/彼女らが得意とする運動療法をどのように取り込むかが重要になりそうだが、『フィットネスビジネス』の古屋さんが指摘している通り、現状はそこまで浸透してない。

3:医療マーケットの融合

・病院や検診センターで診断され、運動処方などが出されても、その後の習慣化までは医療機関が人手不足などからコミットが難しい。これを医療機関とフィットネスクラブの顧客情報連携することで解決するSaaSは生まれるかもしれない。医療・介護の世界では、地域医療を実現する「Medup」や退院業務の効率化を介護施設と連携することで実現する「クラセル」などが既に産まれている。

・もしくは、日本で初めて医療機器承認された禁煙治療用アプリの「Cure APP」のようにソフトウェアを活用したアプローチもありうる。運動の実施先に提携先のフィットネスクラブを指定し、その治療用アプリで運動の記録を行い、医者・患者・フィットネスクラブの3者がアプリ上でコミュニケーションを行うような形。

2019年の薬機法改正で、服薬指導のフォローアップが義務化されたことを受けて薬局向けのSaaSが注目を集めている。同じように「運動を行うと加点される」などが法律の中で盛り込まれると医療とフィットネスクラブのソフトウェアを使った連携が促されるのではないか。

・メディカルフィットネスが「箱」の中身(どんな器具が最低○○必要など)までと規定するアプローチだが、ソフトウェアドリブンな業界間の連携の方が安価な投資で済み、拡がりも期待できる。

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※日本医師会が具体的案として「運動による健康増進・健康寿命延伸のための具体的方策」で詳しくまとめている。

4:フィットネス「施設」の拡張

・上記のようにフィットネスクラブが社会的により医療・介護に近い役割を求められると、フィットネスクラブで薬を受け取れる、フィットネスクラブで(遠隔)診察を受けられるといった世界観も現実味を帯びてくる。前者は例えば、近くの病院及び薬局の薬剤在庫の管理をするSaaSとフィットネスクラブ会員管理のSaaSが連携することで、薬をフィットネスクラブで受け取り、そのアプリからオンラインで服薬指導を受けるといったことができるようにはるはずである。

コロナの時限措置だが、薬の受け取り場所が薬局以外でも許可されている。

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・介護施設からでも医者に相談(チャットと画像)ができるSaaS「ドクターメイト」というサービスが介護業界ではあり、ベンチマークとなる。

5:組み込み型金融

・毎日通う施設であり、顧客の大事な「健康」を「信託」しているとも言えるフィットネスクラブが、お金についても「信託」する未来もわずかながら有り得るだろうか。

・他にも、「歩くとおトク保険」のような純保険まで割り引く保険商品を、フィットネスクラブがサービスの中に組み込み販売することも考えられる。

まとめ

・「運動」が日常の中で欠かせなくなる中で、その施設や有資格者を抱えるフィットネスクラブは、プラットフォーマーとなり得るポテンシャルがある。

・そのためには、「エンタメとしてのフィットネス」から「ヘルスケアとしてのフィットネス」への転換、ケイパビリティ的には、APIやSaaS、デジタルを起点にしたカスタマーサクセスみたいなものが業界レベルでどこまで浸透しているかに尽きるのではないか。

・また医療、介護、金融などの業界から信頼される必要があり、データをどう連携するのかという大きな大きな課題が残る。PHRは情報銀行の文脈で各社参入しているが、まだ決定版はない。個人が丁寧に情報をインプットしていくのはかなり健康意識が高い人でないと難しいため、事業者側がしっかりと記録し、それを他の事業者にも活用して良いかを個人が選択するというモデルが現実的だらうか。

・事業者の入力促進を努力義務ではなく、事業運営上のインセンティブが発生するような形でないと普及にかなりの時間がかかるのは想像できる(もしくはありえない規模の補助金だが非現実的)。フィットネスクラブから見ると、病院を受診している患者は潜在顧客とも言え、そういったインセンティブをどう活かすかが外のデータ連携を促進する鍵になりそう。

・ちなみに過去には地域総合健康サービス産業創出事業として、コナミが「ITメディカルフィットネス」というモデルで実証実験を行って成果は出ている模様。

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C:健康課題を解決することへのインセンティブ設計=スポンサーの獲得


・痩せたことでモテたとしても他人に恩恵は無いが、「健康」であるとその人が所属する健保や国保は支払う保険料が安くなる。また将来的な介護リスクが軽減されることで国民にも税負担が減るというメリットが生まれる。

・フィットネスクラブの価値が「運動施設」の提供だけではなく、「健康課題の解決」とできるなら、それに価値を感じる健保や国保など保険者から何かインセンティブ付与が考えられる。支援者(スポンサー)を獲得することで、新たな収益源ともなる。

・国もSIBや公的保険外サービスの環境整備を行うことで、適切に民間事業者を評価することを試みている。

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・医療・介護領域で人材ビジネスを展開するSMSが2017年、インターネット企業大手のDeNAは2014年に企業や健保向けのサービス展開を開始。FiNCやBeatFitなどtoC向けのヘルスケア領域のインターネットサービスも健保や企業向けサービスを提供し始めている。

・ただ現状は特定保健指導の受託/デジタル化やデータ分析、コンサルティング的な位置づけで、フィットネスクラブがアウトカムをスポンサーに提示するようなエコシステムには至っていない。

・とは言え、健保向けの会員価格をフィットネスクラブは既に提示しているので、請求業務としてはどの健保の人が何回通ったかまではデータとして保有しているはず。単純な回数などではなく、アウトカムをベースにした情報が連携できるようになり、そのデータを成形し分析する事業者が生まれると状況は変わってくるのかもしれない。

・また、JMDCはpepupというサービス経由で、健保が保有するデータと運動履歴など日常データの統合を狙っているようにも見える。健保単位で被保険者のidを垂直統合していくのは1つのシナリオかもしれない。ただその場合であっても健保は複数のフィットネスクラブと提携するはずなので、それを誰がどのように取りまとめるかの論点は残る。


まとめ

以下に取り組むことで、フィットネスクラブは今後の日本社会において中心的な役割を果たせるのではないか。

・A(フィットネスマーケット内での拡大)によってフィットネス人口を拡大し
・B(フィットネスマーケットの外との連携)によってフィットネスクラブを日常生活の中心とし
・C(健康課題を解決することへのインセンティブ設計=スポンサーの獲得)によってフィットネスクラブの社会での価値を立証し、新たな収益源とする

フィットネス連携構想案.drawio

上記を実現するために、以下のような能力の保有やアクションが必要ではないか。

・「エンタメとしてのフィットネス」から「ヘルスケアとしてのフィットネス」への転換
・APIやSaaS、デジタルを起点にしたカスタマーサクセスなどのケイパビリティを業界全体として保有している
・BとCは外部とのデータ連携を実現するプレーヤーの創出または業界一体となった取り組み


以上考えの整理でした。


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