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中島らもと市川準とドロップアウトした人

パソコンもらいに実家に帰った時に、元々の僕の部屋を覗いてみた。
物置と化してはいるが、十代二十代の頃に読んだ本がそのまま残してあった。
「本棚に並べてたらオシャレに見えるから」
という理由だけで買った、中原中也やランボーやボードレールの詩集まで、まだあった。
中原中也以外は1ページも読んでません。
中二病の頃の自分を思い出して大変恥ずかしいので、その辺は察してコソッと捨てといて下さい、お母さん。

椎名誠と荒木飛呂彦

久しぶりに読みたかった椎名誠の『哀愁の町に霧が降るのだ』は、下巻しか無かった。
ジョジョ好きの嫁に読ませたかった荒木飛呂彦の『バオー来訪者』は、1巻しか無かった。

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『哀愁…』は、上巻に収録されている「遠くから眺めていた片想いの女性に思い切って声をかけたら聾唖の人だった」ってエピソードが、凄く悲しくて切なくて美しくて好きなんだ。
その話が読みたかった。
ちなみに、このエピソードはその後『倉庫作業員』という短編になり、さらにその後、山田洋次監督で『息子』という映画になる。
そしてその都度、彼女との仲が少しずつ進展していく点に、『哀愁…』での椎名青年が報われた気がして、なんか嬉しくなるのだ。

『バオー』は、『ジョジョ』の前の荒木飛呂彦の連載作品。
この時代のジャンプのアンケート至上主義の犠牲になり、コミックス2巻分で打ち切りになった。
『バオー』が『ジョジョ』並みの長期連載となっているパラレルワールドを、今でも夢見ることがある。
綺麗にまとまって終わっているので、それで良かったのかも知れない。
『バオー』が終わらなければ、『ジョジョ』も始まらなかったわけだし。

いかりや長介

代わりと言ってはなんだが、いかりや長介の『だめだこりゃ』は2冊あった。

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まず単行本で買い、ご丁寧に文庫でも買い直している。
この日初めて、2回買ったことに気付いた。
どれだけいかりや長介が好きなのか。
いや、好きだけれども。
志村けんの訃報に伴い、最近テレビで昔のドリフのコントがよく流れている。
それを見て再確認したことは、いかりや長介と加藤茶の面白さ。
そして、ドリフ時代の志村けんはツッコミ役に回るパターンも多かったんだな。
本来大先輩のいかりやや加藤茶の下で、自由に泳がせてもらってた頃の志村けんが、いちばん面白かったように思う。
ひとりでやるようになって、単独で冠番組とかやり出してからの志村けんは、あまり面白いと思えないんだよな。
※僕個人の意見です。ひとりになってからの志村けんが好きな方は、ごめんなさい。

そして中島らも

やっぱりあったな、この本。
中島らもの『頭の中がカユいんだ』

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学生時代にこの本を読んで、僕はいろいろこじらせてしまったんだ。

中島らも自身の、広告代理店勤務時代の話を基にした私小説である。

アルコールと睡眠薬とブロン液で動いているらもさんは、この当時サラリーマンだったと思えないぐらいにめちゃくちゃに生きている。
「こんな大人になったらいけませんよ‼︎」と、世のお母さんに言われる代表のような大人である。
だが十代の僕は、

「こんな大人になりたい」

と思ってしまった。
その結果が、今の姿である。

ヒコちゃんの店と「あの映画」

「あら、いらっしゃい、久しぶりね」
カウンターの中でヒコちゃんがヒゲをなでながら言った。
※『頭の中がカユいんだ』より

僕は多分、この店に行ったことがある。
20年以上前だけど、共演させていただいた先輩役者さんに連れて行ってもらった。
その店は、関西小劇場の役者さん御用達の店だったようだ。

その頃僕は、「のちの大御所漫画家たちが、若き日に同じアパートで共同生活しながら切磋琢磨する」という、めちゃくちゃ有名なエピソードを基にした映画を観た。
その映画に大感激した僕は、いっとき会う人会う人にこの映画を薦めていた。

勘違いされがちだけど、「このアパート」に集った若き漫画家たちは、みんながみんな成功を収めたわけではない。
世に認められず、ドロップアウトした人たちも、当然いる。
この映画では、どちらかと言うとドロップアウトした人たちにスポットを当てている。
夢破れて行く者たちの描き方は、切なく残酷で、しかしながら美しい。
僕は、ドロップアウトした方に感情移入してしまった。

ヒコちゃんの店に戻る。
この日は、たまたま「その映画」でドロップアウトする漫画家のひとりを演じていたFさんが呑んでいた。
綺麗な女性を、ふたり連れていた。

先輩とFさんは顔見知りのようで、仲良さげに挨拶を交わしていた。
女性ふたりも笑顔で先輩には挨拶したが、僕のことは見えてないようだった。
この初めて見るパッとしない男に愛想を振りまいても、何の得にもならないと判断したのだろう。

タイムリーなことに、Fさんと女性たちは「その映画」の話をしていた。
女性の内のひとりが「わたし、よくわかってます‼︎」って顔で、得意げに語り出した。
テーマは、「成功した漫画家と挫折した漫画家の違い」だった。

「やっぱり藤子不二雄とか石ノ森章太郎みたいな成功した人たちって、時流に合わせて自分の作風も変えて行ける柔軟性があったんだと思うんですよ。
で、いつまでも〝清く正しい〟児童漫画にこだわってた人たちは、結局時流に乗れずに消えて行くしかなかったと…」

(そうだよ。その通りだよ。したり顔で語らんでも、そんなことはわかってるねん。でもな、そんな器用な人間ばっかりちゃうねん。自分が最初に志したことを、曲げられへん人間もおんねん)

なんか腹の底から得体の知れない物がこみ上げて来て、膨張しだした。

「だって『スポーツマン金太郎』じゃあねぇ‼︎‼︎」

女性ふたりが、ドロップアウトした漫画家の代表作の名前を出して爆笑した。

膨張した「そいつ」が一気に爆発しそうになった。
腹の中で必死に「そいつ」を抑え込みながら、あわててトイレに駆け込んだ。
トイレの壁を何度も何度も殴った。
殴っても殴っても、「そいつ」は膨張をやめない。
僕は壁に頭突きをした。

女性ふたりは、僕のことをバカにしたわけではない。
そもそも僕のことなど眼中に無い。
ただ僕は、世に出ていく仲間を見上げつつドロップアウトして行った人たちを、完全に自分と同化して見ていたんだ。

「そいつ」を抑え込むには、酔いつぶれるしか無い。
「そいつ」は、アルコールに弱い気がする。
日本酒やらワインやらをチャンポンして、僕はすぐにベロベロになった。
大々先輩のFさんにも絡んでたようだけど、残念ながら記憶に無い。

頭の中がカユいんだ

どうやって帰ったのかもよく覚えていないが、最寄り駅の改札をくぐった辺りで、少しだけ酔いが醒めてきた。
酔いが醒めるに従って、しぼんでたはずの「そいつ」が、また膨らみだしてきた。

「バカにしやがって‼︎くそったれっ‼︎」

その辺に停めてある自転車を、蹴り倒しながら帰った。
何度も言うが、彼女たちは別に僕の悪口を言ってたわけではない。
僕自身、なにに怒っているのかよくわからなくなっていた。

ひとしきり暴れたら、気分が悪くなって吐いた。
驚くほどの量の吐瀉物と一緒に、「そいつ」も出ていったようだ。
ただ、「そいつ」が出ていくと同時に僕も力尽きた。
家まで残り100mの地点で、倒れこんで動けなくなった。

「なんやかんやでFさん連れてた女の人、綺麗やったな」
そのまま地べたに突っ伏して寝落ちした。









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