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いじめられ易いタイプです


目を付けられては
悪口・嫌がらせ・イジメ
イライラのはけ口にされるタイプの人
イジメられ易い人

人間はフラストレーションが溜まったり
ぶつけようのない怒りがあった時に
それを「弱き者」にぶつけてしまう
という愚かさをもっています



大愚和尚様の空手道場にも
いじめられっ子・弱々しい態度の子・
根性のない子
人から目を付けられ
マイナスの感情のはけ口にされて
おどおどしていた子等
が両親に連れられてくるそうです


空手道においての
≪心技体≫(シン・ギ・タイ)
をもってして
「どうぞこの子を
強くしてやってください」
と頭を下げられ

よおし!
気合いだ!
もっと心を強く持て!
なにをクンクン泣いているんだ!
って
怒鳴ったところで強くなりましょうか

この≪心技体≫は変えることが難しい
という順番に並んでいます
≪心≫を(強く)変えるのは一番難しい

つまり一番入りやすいのは≪体≫(タイ)です


禅寺の修行でも≪進退≫
(身を動かすこと/立ち居振る舞い)
が非常にいちいち厳く言われる
そうです

人間の人格の完成というものを目指して
厳しい修行をされてきた
和尚様たちですが
そう易々とはいかないものです
と仰せ…


先ずは
≪体≫を変える

具体的には
一日5分でもいいので
“正座”
をしましょう

正座は人間を強くします

人間の体を強くし
人間の心を強くします
人間の“生きる姿勢”
を強くします

正しい座り方には
正しい“形”があります

一切の足指は重ねず
そして骨盤を前傾させる
頭を天井に突き上げ
胸骨を斜め前方へ引き上げる
そして
真っすぐ自分の見たい場所を見つめる

この“形”
性格を変えたわけでもなく
足りないスキルを身につけたわけでもない

正座という形へと変えることで
動物的・本能的に
受け取る感覚が変わってくる

「正座」という形には
「力]があります

今後
なんびとからの悪口・嫌がらせ・イジメ
イライラのはけ口にされようとも

正座をし
≪体≫を正し

「これは私の問題ではない」
「なんびとが心に抱えている
怒りの問題です」

「けれども
もしその怒りの矛先を
私にぶつける事で
なんびとの心がスッキリとするのであれば
私はそれを受け止めて見せましょう」

「なんびとのストレス
というものを真正面から
受け止めてみせましょう」




私は幼馴染をイジメてしまった
ことがあります

小学校6年生の時です
クラス中で仲間外れをしてしまいました

首謀者でした
引っ張られたのではなく
率先していました

中学生になり
同じ学校ですがクラス編成が変わるまで続いていました

大人になってから
思い返すと
何が原因だったのか
思い出すことが出来ません

ただ
私は残酷な子供だったという事です

現在
彼女はまるでそんな事実など
なかったかのように
私の幼馴染として付き合ってくれています

私達は物心がついた時には
すでに一緒にママごと遊びをしていました
毎日
お弁当を作ってもらい
どちらかの家に訪ねあっていました

高校が別々となってからも
年に数回程度は会うような関係です

その後ただの一度も
イジメの話題に触れたことはありません
ですから彼女の本心は分かりません

もし彼女からそのイジメの話題が出て
謝罪を望むなら
私は土下座をして謝る準備はあります

でも
私から持ち出す事はないと思います
私からイジメておいて
押し付けの謝罪で許してもらって
軽くなろうだなんて…

と思ってきました

でも本当に
彼女は何事もなかったかのように…
そんな事実などなかったかのように…
私と付き合っているのです

もしかすると彼女は

≪体≫を正し

「これは私の問題ではない」
「あなたの心に抱えている
怒りの問題です」

「けれども
もしその怒りの矛先を
私にぶつける事で
あなたの心がスッキリとするのであれば
私はそれを受け止めて見せましょう」

「あなたのストレス
というものを真正面から
受け止めてみせましょう」


という事だったのでしょうか

大人になってから
お互いに洗いざらい話をしているわけではないけれど
彼女は立派な母親で
子供達からそれはそれは信頼されています

イジメによって何の影響も
なかった訳はないと思います
なのに
幸せそうで良かったと心から思います

私が彼女に言うべき言葉は

「ごめんなさい」 ではなく

「ありがとう」

なのかもしれません











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