8. 「約束通りおねがいね」
間質性肺炎とは、普通の肺炎とは異なり、肺の組織が徐々に破壊されていく病気です。
免疫機能を抑える薬を使い、進行を遅らせるのが一般的です。
私が在宅診療で診ていた70代の女性は、関節リウマチと間質性肺炎を患っていました。
間質性肺炎はかなり進行しており、肺はボロボロで穴だらけ。
そこに細菌性肺炎が合併し、入院治療を行っていました。
細菌性肺炎の治療が終わり、退院が決まりました。
しかし、退院時は呼吸状態が悪く、筋力も低下しており、身の回りのこともままならない状態でした。
もともと一人暮らしでしたが、とても一人で生活できる状態ではありません。
そのため、長女さんの家に退院し、私たちが在宅診療で関わることになりました。
退院直後は、なんとか娘さんの力を借りてトイレに行き、シャワーを浴びることができました。
しかし、それも本人にとっても長女さんにとっても、かなりの負担だったようです。
1週間ほど経った頃、患者さんは私にこう話しました。
「もうトイレに行くのはやめたの。諦めたら楽になりました。頑張りたかったけど、娘の力を借りることにしたら、体も心も楽になりました。最期までここでゆっくり、苦しまずに過ごしたいわ。」
その顔は、何かを吹っ切ったような、さっぱりとした表情でした。
そこからは、トイレもおむつでするようになり、お風呂も訪問入浴サービスを利用するようになりました。
ベッドの上での生活になりましたが、それが良かったのか、娘さんの負担も軽減され、患者さん自身も体力を温存でき、穏やかな時間を過ごせるようになりました。
遠方のお孫さんも帰ってきて、ひ孫さんにも会うことができたと、嬉しそうに話してくれました。
2週間ほど経つと、徐々に呼吸状態が悪化していきました。
意識もぼんやりとし、せん妄と呼ばれる錯乱状態になりました。
脈絡のない言葉を発することが多くなりましたが、そんな中、突然、一瞬だけしっかりとした目で私を見て、言いました。
「約束通りおねがいね。」
明確な約束をしたわけではありませんでしたが、私はその言葉が何を指していたのか理解できました。
「大丈夫ですよ。」
すぐに伝えたところ、安心した表情になりました。
その数日後、静まり返った夜の中、彼女は安らかに息を引き取りました。
最期のお顔は、晴れ晴れとしていました。
人は何かを得ながら成長しますが、老化し終わりに向かう中では、少しずつ手放していくものです。
しかし、実際は一度手に入れたものを手放すのはとても難しいものです。
最期まで自力でトイレやシャワーに行こうとして、本人だけでなく家族も疲弊してしまうケースをよく見かけます。
この患者さんのようにすんなり受け入れられる人のほうが少ない印象です。
間近で潔い「手放し」を見て、最期には上手に手放していくことが、自分にとっても、周りの人にとっても大切であり、年少者に見せる本当のカッコよさなんじゃないかと感じました。
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