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140字連作掌編「拝啓 十二月の私へ」


#ノベルバー 企画で書いた140字連作。
企画概要→https://twitter.com/fictionarys/status/1458262961445736450?s=21
Twitterリンク→https://twitter.com/330_ishimori/status/1455000499439038472?s=21


十一月三十日未明、流星群が降り注ぎ世界は滅亡する。


Day1「鍵」
 災厄の箱の鍵を開けたのが誰かは知らないけれど予定調和のように滅びは決まって、私たちは十二月を迎えることができない。星のめぐりに狂いはなく、十一月三十日未明、あやまたず流星群が地上に降り注ぐ。息子のクリスマスプレゼントを用意する必要はなくなったのに、略奪の跡の残る玩具屋でつい足が止まる。

Day2「屋上」
 終末を控え、クラスメイトの反応は三つに分かれた。変わらず学校に来る奴、遊び倒す奴、家にこもる奴。僕は一番目で、僕をいじめてた奴らは二番目。だから僕は、もう屋上から飛ばなくていい。酷く平和だ。皮肉なことに。

《流星群は願いを叶える》
 ツイッターではそんな噂がトレンドに上がっている。

Day3「かぼちゃ」
 台所に煮物の匂いが満ちる。鍋をいじる母さんの背中は思い出より小さい。昔、かぼちゃの煮物をうまいと言ったらそれから暫く続いて、今はもう好きでもないのに母さんは煮る。
「食べなきゃだめよ。明日のためにね」
 毎日、毎日、かぼちゃでもいいから。
 ずっと、ずっと、飯を作っていてくれよ。

Day4「紙飛行機」
 坂の上の喫茶店。斜陽の家業を継いだ途端この有様だ。街からは次々人が去り、婚約中の彼女も消えた。暇だ。惰性で店を続けるがカウンターは埃が積もったまま、壁のカレンダーも十月のまま。ベリンと剥がして、暇なので紙飛行機にする。窓から飛ばすと坂の下へ消えていった。
 そして僕は、彼女を待つ。

Day5「秋灯」
 ベランダから街を見下ろす。ぽつぽつと橙の灯りが点っている。生活インフラはAIの自動供給だから、このご時世でも電気は通る。
 逃げるように生家を飛び出して二十年、俺が得たのは高層マンションの夜景だけ。終末に寄り添う人もいない。昔は誰かが隣にいた気もするけれど、もううまく思い出せない。

Day6「どんぐり」
 彼は異変を感じていた。常ならば公園を訪れる人間の群れが餌を撒いてゆくのに、最近は誰も来ない。あの群れはどこへ消えたのだろう。彼は尻尾を立てて空気を探る。びりびりと嫌な気配がする。自分も移動した方が良さそうだが、今は目の前のどんぐりを腹一杯食べなければ。どんな時も冬は来るのだから。

Day7「引き潮」
 流星の落下予測地点は日本海。その発表は国中を混乱に陥れた。富者は地球の裏側へ逃亡し、街からは引き潮のように人が消えた。流星が海に落ちれば巻き上がった灼熱の霧が地表全てを覆うから、どこにも逃げ場はないのだが。

 住民消失の影に《黒いバス》
 時折現れては人を楽園へ乗せてゆくという。

Day8「金木犀」
 萎えた手足に朧げな意識。それでも花の香に季節を知る。
 金木犀が香る頃『お前だけでも逃げなさい』と娘に言ったら『父さんを置いていけないでしょう!』と泣かれた。今死ねば娘は逃げられるのか、それとも十一月三十日まで生きるのが老いた親の愛なのか。
 散ったと思った金木犀がまた香っている。

Day9「神隠し」
 娘が忽然と姿を消した日からわたしの時は止まってしまった。《バス》が娘を攫ったのだと言っても誰も信じてくれなかった。一人で探して助けを求めて、絶望と孤独でわたしは壊れた。
 けれど世界が滅ぶなら、あの寂しがりで怖がりな娘をせめて抱きしめていてやりたい。願いが、壊れた時計を突き動かす。

Day10「水中花」
 大小様々な試験管の中で無数の命が眠っている。人工羊水に満たされて、ゆら、ゆら。
「こいつらは何の夢を見てるんだろうな」
「さぁね。ああ、三-七四五番も消失しちまってる。くそっ」
 命はひらめく幻のように。
「悪い夢ばかり見れば消えたくもなるさ」
 くりかえし、くりかえし、ゆら、ゆら。

Day11「からりと」
 からりと晴れた青空がずっとずっと広がっている。十一月は快晴続きで、僕はもう夏の雨も冬の雲も忘れてしまった。
「もう行くの?」
「そうだ。じきに《バス》が来る」
「クロと一緒じゃダメ?」
「必要なのは二人だけだ」
 父さんは僕の手を引いていく。クロ、僕の犬。僕の家族。また会える?

Day12「坂道」
 坂道に紙飛行機が落ちていた。
 カレンダーで折られたそれを拾い上げてよく見ると、紙に文字が透けていた。開いてみると『ヒマなら連絡して 080-****-****』
 途端に興醒めし、捨てようとして気が変わる。
 暇な終末を過ごす者同士、寂しさが似合うかもしれないし。
 スマホを取り出し坂を上る。

Day13「うろこ雲」
 空の写真を撮るのが好きだ。今日のうろこ雲みたいな日常の空を切り取るのが。
 端っこが藍に染まり始めた夕焼けを撮る。雲の向こうに流星群を隠した空をツイッターに投稿すると、ちょっとだけいいねがついた。
 多分あたしは、終末までこうやってちっちゃな景色をつかまえていく。
 忘れないように。

Day14「裏腹」
《バス》の噂のおかげでぼろ儲けだと男は嗤う。助けてやると囁いてバスに乗せ、有り金奪って山で吊るす。最近は自殺者が増えているから死体が増えたって気にする奴もいない。警察が機能しない今が稼ぎ時。シェルターなんざないのに、全く終末様々だ。
 嘲笑とは裏腹に、流星の残影が脳裏から消えない。

Day15「おやつ」
 おやつは三百円までですなんて制限する人はもういない。お菓子を好きなだけ鞄に詰め込んでわたしは遠足に行く。学校はもう授業どころじゃないし、友達も半分位消えた。ICカードの残高目一杯まで遠くへ行こう。今までずっと、街にしかいられなかったから。
《バス》には乗らない。それも運命でしょ?

Day16「水の」
 ずっと、水の中にいるように苦しかった。私は酷い母親だった。片親で息子を育てていると言えば美談だが、夫を亡くした現実を忘れたくて仕事に没頭しているだけでクリスマスも誕生日もろくに祝ったことがない。失うと知って愛していると思い出した。
 悔いを覚えているうちに手紙を書く。息子と、私へ。

Day17「流星群」
 永遠とも一瞬ともつかない時をすべり星はゆく。終点と始点のつながる場所へ。ひたむきな愛のように真っ直ぐに。
 炎に包まれながら青い星に口付ける。凄まじい質量と衝撃に地殻は吹き飛び、空間は時間を巻き込んでめくれあがり何もかもを飲み込んでゆく。
 そして星は始点へ戻り、一瞬を永遠に繰り返す。

Day18「旬」
 今回は柿がなくなった。前回は栗で前々回は梨。こうも旬の味覚が消えちゃ八百屋としては商売上がったりだ。女房も姿を消し、一度は和解したはずの家出娘は、今回はどうやら帰ってこない。
 どうせ無かったことになるなら終わっちまった方が楽なのに、それでも柿は食いたい、女房が恋しい、娘に会いたい。

Day19「クリーニング屋」
 隣の八百屋は「柿が消えた」と嘆いていたが、クリーニング屋のウチは《残るもの》に悩まされている。人が消えたのか忘れちまったのかは知らないが、倉庫は引き取り手のない衣類で一杯だ。持ち主の手を離れると物だけ引き継がれてしまうからなぁ。郵便局には宛先不明や受取拒否の手紙も溢れているとか。

Day20「祭りのあと」
スター⭐︎リーパー@star_leaper
#流星祭 に参加してくれた人、ありがとー!
皆の願いが叶いますように⭐︎

星猫@hoshi2wish0
こうして騒ぐのも何周目か…おっと失言。 #流星祭

空×キリトリセカイ@urokogumo
次も来るよ〜。覚えてたらね! #流星祭

Day21「缶詰」
 商店から奪った缶詰を防災袋に詰めて母は震えている。そんなもの抱えて籠城したって無意味なのに。
「お母さん、それ返しに行こう?」
「いやよ、逃げるの、もう……あんな恐ろしいもの見たくない!」
 その絶叫に感じる違和感。いつも・・・の母はもっと鈍感だったはず。
「まさか……思い出したの?」

Day22「泣き笑い」
 最近見つけた喫茶店は店主が軟派だけど、珈琲は美味しい。拾った紙飛行機に書かれていた番号に連絡したら坂の上の喫茶店のマスターだというので、会いに行ったら泣き笑いのような顔で「どこかで会ったことある?」
 常套句ねと笑ったけど、実はわたしも初めて会った気がしない。
 これが運命? なんてね。

Day23「レシピ」
 それは《レシピ》と呼ばれていた。ある天才物理学者――私の死んだ夫が提唱した、これから起こりうる全ての事象を予測できる計算式。そしてその式は、誰かの些細な行動が大きな羽ばたきとなり未来を変え続けている事も証明していた。
 私たちは調整する。十二月へ至る組み合わせを探して。

Day24「月虹」
 鬱蒼とした夜の森も、轟く滝にかかる白い虹も、少女が初めて見るものばかりだった。突然《黒いバス》に乗せられ、気づけば知らない男の人と知らない島にいた。
 十二月まで我慢して、と男の人は言う。苦しそうに。
 月光に淡く光る虹は綺麗で、十二月になったらママにも見せてあげたいと少女は思う。

Day25「ステッキ」
《黒いバス》は今日も運ぶ。少女を南の島へ、親子を遊園地へ、少年を首都の地下へ。《レシピ》に従って、粛々と。乗務員は知っている。都合の良い魔法のステッキなど無いのだから、奇跡を起こすには砂粒を丹念に積み上げる他ないと。悲嘆も、怒号も、絶望も、全ては来るべき終末のために。

Day26「対価」
 どんな対価を払っても十二月に辿り着きたい。この研究所にはもうそんな妄執に憑かれた人間しか残っていない。後は消えるか狂うかして、《レシピ》を調整・実行できるのは今回が最後かも知れない。
「先輩、本当にいいんですか?」
 先輩には確かお子さんがいたはずなのに。
「ええ、私が見届けるわ」

Day27「ほろほろ」
 吹き荒れる嵐の中でほろほろと崩れる砂の城を積み上げるような作業を繰り返してきた。巻き戻る十一月。記憶の混濁と継承。十一月一日からの人々の行動が《跳躍ジャンプ》の着地点を変える。
 世界線をまたがる度に誰かが消え、何かが忘れ去られる。私たちはもう、元のままの世界を覚えてはいない。
 それでも。

Day28「隙間」
《レシピ》通りに準備は整った。計算上は、これで流星の軌道がほんの少しだけずれる世界へ《跳躍ジャンプ》できるはず。
 流星落下のエネルギーを利用して今度こそ、十二月へ。
 あとは隙間を埋める最後の人物を配置するだけ。研究所に残り、目を見開いて流星群を見届け最期を迎える人物――ラスト・ピースを。

Day29「地下一階」
 十二月になるまで、僕はここにいなきゃいけない。
 窓のない部屋で少年は手紙を握りしめる。初めてもらった母からの手紙を。
『十二月になったらむかえにいくね。
 こんどのクリスマスは、いっしょにパーティーしようね。
 もし、ママがまたこわいママになっていたら、すこしだけまっていてくれる?』

Day30「はなむけ」
 ラストピースを担う人間は、高確率で記憶か存在を失う。それが今までの試行錯誤の末に得た結論。

 星が降る。空が燃える。

 息子は手紙を読んだだろうか。
 私への手紙は、届くだろうか――


「拝啓 十二月の私へ」終

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