探究におすすめの思考法:視点やまとめ方のアイデア
1 はじめに
① 探究学習の導入
「この子達にとって一体どんな授業が将来役に立つのだろう?」超進学校の男子校で家庭科を受け持っていた時にずっと考えていた課題です。受験科目でない家庭科は生徒達の関心が低く、加えて生活経験も乏しい生徒達にとっては面白さを感じる要素が少ない科目でした。
「これかもしれない!」一つの大きな転機となったのは〈アクティブラーニング〉という言葉を初めて聞いた時です。"生徒参加型授業”という内容に惹かれ授業に取り入れる事を決めました。
最初に導入したのは「児童労働」をテーマにしたグループ活動でしたが生徒達にとっては遠い世界の事。身近に感じられなかった事もあり仕方なくやらされている感じでうまく行きませんでした。
そこで次は生徒達の身の回りの事をテーマにする事に決め、それがその後の長い間、試行錯誤を続ける事になる探究学習の導入になりました。
② 探究学習の実践
「どんなテーマなら生徒達が興味を持って取り組めるのだろう?」 世界的な社会課題をテーマにしたグループ活動から個人での身近な暮らしをテーマにいろいろな事を調べ課題を見つけていく学習に切りかえようと考えた時、一番頭を悩ませたのがテーマです。
結局、被服実習との兼ね合いや、それまでの授業で一番関心の薄かった「衣生活」をテーマにする事にしました。【服と社会のつながり】をメインテーマとしましたが、この衣生活分野は社会全般・経済・環境・化学・生物・美術・文化など多様な内容と関連する事から生徒達にとっては新鮮に映ったようでした。
詳しい実践については下記にまとめていますので参考にしていただければと思います。
③ 探究に取り組んで気づいた課題
「もっと、他にやり方はなかったのだろうか?」 在職中、主に中学生を対象に探究学習に数年に渡って取り組んで来て、毎回いろいろな課題を感じていました。
気づくというより漠然と「どうしたらいいだろう」と悩んでいたという方が正しいかとしれません。
当時は多忙を極め、全ての課題を明確にし対処し翌年に活かす事は無理でした。結局、事務的な作業で済む事(備品やファイルの配り方など)は改善していったものの根本的な課題には対処出来ないままで終わってしまいました。
その上で退職して1年経った今、当時の事を思い出すと生徒達から聞こえて来た声は次のようなものだったと記憶しています。
・「一体何をすればいいの?」
・「どんなテーマにすればいいの? 服の事なんて興味ないんだけど。」
・「テーマは決まったけど何から始めればいいの?」
・「テーマは一応決めたけど、難しくてどうしていいか分からない」
・「調べるって何からどうすればいいか分からない」
・「課題を見つけるって、具体的にどうすればいいの?」
・「いろいろ調べたけど結局どうまとめたらいい? 量が多すぎて無理!」
このように様々な事が課題として投げかけられ、その場その場で対処しましたが「何か生徒達の指針になるような方法論や資料のようなものがあれば」と思っていました。
当時受け持っていた生徒達は全員、それぞれの探究についての成果を出し、グループ毎にプレゼンテーションを行い、アウトプットも出来ました。しかし逆に目に見える形のプレゼンテーションやその資料が評価の中心となり探究のプロセスや取り組み姿勢などについては、十分なフィードバックが出来なかった事が後悔として残っています。
2 探究におすすめの思考法
① 「進化思考」との出会い
退職後、中学生対象の探究について振り返る機会を得て当時の課題も見直す作業をしていた頃、出会ったのが「進化思考」という本でした。
この本を読み終えた時の興奮は忘れません。「これこそが求めていたモノだ!」と思ったのです。「探究学習の課題として感じていた事への対応は本の内容を用いる事で出来るに違いない」という直観にも似た感覚でした。 ただ本の内容がとても深く本にある「進化思考」と探究とをつなぎ合わせる作業には手を出せないまま時間が過ぎて行きました。
② 進化の学校での探究経験
「いつかは探究に進化思考をどう取りれればいいかを真剣に考え、探究に関わる人達にシェアしたい!」 そう思いつつも機会がないまま過ごしていた時に目にしたのが「進化の学校」という進化思考をベースにした学びの場の情報でした。年齢や個人という立場、時間やコストなど悩んだ末、参加を決意し「進化思考」に書かれている50のワークに取り組む事にしました。
「これが探究の本当の面白さなんだ!」 進化の学校でのワークを通して初めて【探究】の奥深さと面白さと自分で体験する事になります。目的も取りかかる作業や順番もしっかりと整理されていて分かりやすく、テーマについても設定の変更が可能で柔軟でした。さらに期限はあるものの自分のペースで進めていく事が出来ました。
「このやり方が生徒達にとっては必要だったのか…。」自分自身が体験して初めて分かった事でした。
この一連の経験などを通して明らかに出来た課題は次の通りです。
・探究学習のメインテーマは決め、生徒達が各自取り組むテーマについて自由に選ばせ探究を促したが、テーマの何を探究したいかの「問い」づくりが不十分でどうすればいいか分からない生徒がいた。
・探究の範囲を衣生活と限定した事で生徒達の中にフレームが出来てしまい興味や好奇心を損なう事になった。
・生徒の自主性を尊重しようと考え自由にさせたが参考資料として探究のプロセス等の提示が必要と思われる生徒もいた。
・テーマ設定に時間がかかり凝ったテーマや面白さだけでテーマを選んだ生徒は取り掛かりの糸口がつかめず時間の無駄にするケースが見られた。
・テーマの探究についてやみくもに情報を集めるだけでなく何かの道筋を示す必要があった。
・課題の見つけ出し方について何等かのやり方を示す事が必要だった。
・プレゼンテーション資料や原稿の作成などのアウトプットについて何かのヒントやアイデアを示す事が出来れば良かった。
これらの課題について進化思考をどう取り入れる事が出来るかをまとめようと思います。進化思考のおおまかな内容については以下の内容を参考にしていただければと思います。
③ 思考法の概要
この本と「進化思考」自体については、いくつかのサイトやnoteの記事でとても分かりやすく説明して下さっているのでリンクをシェアさせていただければと思います。
noteの記事の紹介です。
こちらは「進化思考」についての説明のある出版社海女の風のサイトです。
3 進化思考の取り入れ方のアイデア
探究学習にどのように「進化思考」を取り入れる事が出来るのか? 退職した今となっては机上の空論になりますが、可能性としてのアイデアをいくつかまとめたいと思います。
① 問いを立てる時
探究学習では「問い」を立てる事はとても大事なプロセスです。その問いについては「課題研究メソッドStartBook」にも書かれているようにいくつかの種類に分類できます。例えば次のようなものです。
参考にした本は高校生を対象にした本です。一部の生徒にはとても参考になる分類ですご、これらを中学生の探究学習にいきなり取り入れるのはハードルが高いように感じます。
そこで、まずは問いに下にあげたような要素を取り入れ、その問いを探る所から始めて、自分なりの「問い立て」をしていく事も出来るのではないかと思います。問いの例は衣生活に関わるものを考えてみました。
・テーマで取り上げた事柄や物の量やサイズ【増殖・変量】
例「なぜ大量の服が作られ捨てられるようになったのだろう?」
・テーマで取り上げた事柄や物の位置や中身【逆転・転移・交換】
例「新合繊やナノテクノロジーが使われた繊維で衣生活はどう変わる?」
・テーマで取り上げた事柄や物の在り方【融合・分離・欠失】
例「服がなくなったらどうなるのだろう?」
・テーマで取り上げた事柄や物に似た事や物【擬態】
例「植物や生き物を参考にした服にはどんなものがあるだろう?」
これらの右横の【 】の言葉は「進化思考」の中で対象を進化させる時に〈変異〉を促す時の項目の例なのですが、これらを問いに応用できるのではないかと思います。
下の表は実際に中学生に配った質問シートの一部です。衣生活に興味がなく何も浮かばないという生徒達用に少しでも興味を持てそうな質問を用意し、これらの質問について自分なりの答えを探すやり方を進めました。改めて見直すと、この内容が一部「進化思考」の内容となっている事に気づきました。
② 問いを深める
①であげた9つの項目(増殖・変量・逆転・転移・融合・分離・欠失・擬態・交換)は①で一度立てた問いを深め、課題発見につながる「リサーチクエスチョン」にもつながるのではないかと思います。
9つの項目と各項目に関する内容については下の表を参考にしていただければと思います。
「進化思考」を問いを深めるのに取り入れる事は、探究学習でテーマにした事柄や物が今とは異なる状態や状況になったらどうなるか想像し、そこから新たな問いを生み出す事につながるのではないかと思います。
③ まとめる時
問いについて各自で探究を進めた最後は、まとめの作業が必要になります。この時ぜひ取り入れて欲しいのが「進化思考」の適応です。適応は4つの項目〈解剖・生態・系統・予測〉から成り立ち、下記のような”時空観マップ”と呼ばれるものにまとめる事が出来ます。
「この4項目は何をする事なのか?」簡単な説明は次の通りです。
このマップの4つの項目にキーワードなどを付せん等に書き込み、1つの図にする事で見えてくるものがあります。(そこに正解はありません。)
これらの4つの項目を切り口としてまとめて行く道筋を示す事で生徒達は主体性にまとめの作業に取り組めるのではないかと思います。
また探究学習で取り上げたテーマ・事柄・物などについて「何から調べていいか分からない」という時に、この4つの観点を伝える事で生徒が自分で何をどう調べるかの方向性を決めやすくなると思います。
④ アウトプットをする時
③の適応の中の”予測”は実は最後の仕上げのアウトプットをする時にも、とても役に立つ項目です。探究学習でテーマを絞り、問いを立て、探究を深めていくと「これは将来どうなるのだろう?」「未来にどう影響するのだろう?」という問いが出て来る事が多いと思うからです。
この予測が自分なりに出来れば、課題を見つけ、その時々で解決策や対処法を自分で考えたり見つけたりする事も可能になります。その時に必要になるのが、各自の創造性。いかに創造性を発揮して未来につなげるかが、探究学習の面白さや奥深さに繋がっていくのではないかと思うのです。
⑤ 予測と予想
この予測について「進化思考」をベースにした進化の学校というワークショップを受講したとき、とても驚いた事があります。それはフォアキャストとバックキャストという2つの考え方を出会った時です。
家庭科でワークを取り入れる時、課題を見つけた後は「このまま行くと大変な事になる! 中学生として何か出来る事はない?」という問いかけで、課題の対処や対策について考える意欲のある生徒には内容をまとめて提出してもらうようにしていました。
将来の予想はあくまで今を基準にして、この先どうなるかという内容すなわちフォアキャストにあたります。これは気象予想などに近いかと思います。
進化の学校では、このフォアキャストをまとめる事に加えてバックキャストについても考える事が課題でした。正直、最初は「バックキャストって何?」と戸惑いました。これは、自分で○年後などの期限を決めその時にどうなっていたいかというイメージや考えをまとめる事です。
この作業はものすごくワクワクしました。「こうありたい!」「こうなりたい!」と考える事はこれほど楽しいのかと体感しました。
フォアキャストだけだと未来に希望を持ちにくい場合がありますがバックキャストを考える事で、それまでとは全く違う観点自分が探究してきた対象の現状を見る事が出来ます。
さらに、その実現につなげるために今を起点として自分が区切りとした時まで何が出来るか、どんなものを目指すのかの考え、概念とも言えるコンセプトを考え磨き上げていきました。
その過程は大変でしたが、自分なりのコンセプトが出来た事で大きな達成感は格別でした。自分にしか創り出せなかったコンセプト。それを生み出せたという自分の中にある創造性へ信頼は今後の生き方にも関わる程の貴重な支えとなります。「だって、もう何が起こったとしても、進化思考で考えていけば、きっと自分なりの解決法や対処、さらに言えば、その出来事や物事をチャンスととらえた創造的なアイデアを創り出す考え方の方法を身に付ける事が出来たのだから。
この体験もあり探究学習に進化思考を取り入れ、生徒達にも自分の中にある創造性に気づき自分を信頼できる、もっと言えば「未来と安心してつながる事が出来る体験して欲しい」と心から願い記事を投稿しました。
4 最後に
長い文章にお付き合いいただきありがとうございました。この内容は今後も更新していくつもりです。ここで書かせていただいた内容については個人の見解で実際に勤務していた学校で取り入れたものではありません。
その点をご了承いただき参考にしていただければと思います。
ここでまとめた事が探究学習のさらなる発展につながるよう少しでもお役に立てれば幸いです。
「進化思考」では創造性や創造性教育について書かれていますので、ぜひ、お手にとっていただければと思います。
〈終わり〉