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ブライアン・イーノ展の感想

概要

  • The Shipがとても良い。爆音で聞ける。音響が最高。

  • それ以外の作品は悪くなかったけど、アンビエントの概念と対立しているのでは?という点が気になる。

もう少し詳しく述べたい。

この展示の最大の魅力は「アーティストの意図した環境で作品を聞けること」にあると思う。

ライブも音響や美術についてアーティストが関わる部分は大きく、本人の意図した環境で聞くことができる点では似ている。しかし、ライブにおいて重要性なのは、音響よりもむしろその一回性にある。例え少々ミスがあっても、その時そのアーティストが演奏したものを直接鑑賞できる点が、ライブでしか味わえない楽しみだろう。

その点、このイーノ展はライブとは事情が異なる。まず会場にイーノ本人はいないし、音源はすべて事前にスタジオで録音されたものにすぎない。だから一回性はなく、いつ行っても聞けるものは同じだ。

その代わり、この展示ではその音源をアーティストがどのように聞いてほしいと思っているのかについて知るヒントが、CDやストリーミングで聞く場合よりも多く用意されている。例えばどういう空間でどれくらいの音量がある音響を想定して制作されたのか、どういう場面で聞かれることを意図しているのか、などだ。これらについて、イーノ本人が監修した環境で聞けるというのは、極めて大事なことだと思う。

ただ正直に言うと、私は残念ながらビジュアルとセットになっている展示については、アーティストの意図がそこまでつかめなかった。私はイーノのビジュアル作品については経歴含め詳しく知らないため、もしかしたら作品のコンセプトについて大きな誤解があるかもしれないが……

アンビエントという音楽は、もともとイーノ自身の考案により「聞いても聞かなくても良い音楽」というコンセプトで生まれたものだ。現代においても恐らく基本は変わっていない。

しかしこのイーノ展では、それぞれの作品が展示されるスペースに入ると、まず正面に置かれた何らかのビジュアルアートと対峙することとなる。そして鑑賞者は、音楽を聞きながら置かれた椅子に座ってビジュアルを見ることとなる。当然、自分以外にも見る人がいるので、静謐な環境を維持することが求められるし、スタッフはすぐ近くでずっと見張っている。

これは、極めて近代的な、20世紀以前の音楽におけるコンサートの鑑賞方法であって、アンビエントはまさにこの点を批判していたはずだ。これは果たして「聞かなくても良い音楽」といえるだろうか?

鳴っている音そのものはどれもアンビエント/ドローンとしてクオリティの高いもので、聞き入りたいと思えるものもあった。ただ私は、鳴っている音と正面に置かれたビジュアルとの関連性がよく分からず、また前述のようなアンビエントの定義に反する鑑賞をあえて求める展示方法についてずっと考えていたため、手放しに「すばらしい!」とは思えなかった。

強いて言うなら、音楽もアートも常にずっと流しっぱなし、すべての鑑賞者全員が例外なく「途中から」鑑賞せざるを得ない点はすごくアンビエント的(時間と密接なかかわりのある芸術形態である音楽から、時間の概念を取り払うという点で)だったともいえる。

鳴っている音や音響に不満は全くない。むしろ、比較的大きめのボリュームで、全身で音楽を体感できたのはすごく貴重な経験だった。

個人的には、最初の展示『The Ship』にとても感動した。真っ暗闇の各所に置かれたスピーカーのそれぞれから違う音が鳴りつつ、全体で一つの音楽を作っていて音響的にも素晴らしい。また、基本的にアンビエント的な音を多用しつつ、かなりの音量で鳴っていたこともあって迫力があり、しかもうるさいのに音の選び方が巧みでとても心地よく、目を閉じてじっと耳を澄ませたくなる作品だ。この作品は既に一般販売されているアルバム『The Ship』と全く内容は同じなのだが、これを最高の環境で聞けるのはとても良かった。

面白いことに、この作品だけは一切ビジュアル展示が全くない。ただの真っ暗な部屋にいくつか無造作に置かれた椅子と逆に計算的に配置されたスピーカーがあるだけである。つまり、視覚的面でいうと最もアンビエント的なのだが、音楽的にはかなりドラマチックでむしろアンビエントから遠い作品である。やや意地の悪い言い方を承知でいえば、「変化の乏しさ」というアンビエントの本質においてはやや逸脱した作品であると思う。だがそれでも私はこの作品が今回の展示では一番好きだ。

残りの作品は上記の通り、音はよかったけどその意図のすべてが理解できていたとは到底いえず、また集中してじっと眺めるにはちょっと退屈だった。できれば駅前の待ち合わせ場所か何かに置いて、人を待ってるときに適当に眺める、くらいのラフさが許される環境で、ぼんやりと向き合ってみたいというのが正直なところである。

もしかしたら公式の資料集を買えばそこに更にヒントがあったのかもしれないけど、ちょっと手が出なかった。

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