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あったかさの魔法

朝ごはんはヨーグルトと果物。
夕食を食べるのが遅い場合、朝はそのくらい軽いほうが美容にいいのだと聞いてから、まじめに守ってきた。
果物を食べていると、美容に気を配ってるっぽい気分に浸れたのと、うまいこと体重が落ちたのに味をしめ、いつのまにかヨーグルト信者が出来上がっていた。

去年の秋、だんだん冬が近づき空気が冷えてきた頃、私は仕事でドツボにハマった。
ある業務を知っている人がほかにいなくて、前任者はすでに退職、そんな状況のなか、一人で抱え込んでしまい、夜眠れなくなった。
夜中の2時とか3時台に目が覚め、それ以降は目が冴えて、「明日は〇〇をやらなきゃ」なんて考えてしまう。あれもこれもそれもやらなきゃ、どうしよう、出来るだろうか。不安と恐怖で立ち行かなくなっていった。

その頃、毎朝食べていたヨーグルトと果物が、受け付けなくなった。
少しでも何かお腹に入れなければと思い、牛乳をたっぷり入れたコーヒーと、簡単なお菓子だけ食べるようになったが、力は全然入らなかった。
何が食べたいかも思い浮かばず、食欲は日に日に減っていった。

ある朝、お湯を沸かそうとキッチンに行くと、まん丸いおにぎりが一個、お皿の上に置いてあった。
夫は自分のお昼ごはん用のおにぎりを自分で作っていたので、その余りだろうと思った。夫はすでに会社に出掛けた後だったが、まだおにぎりには炊き立てのごはんの温もりが残っていた。

これは、食べていいってことだろうか。
太るから、と朝ごはんに固形物は食べないようにしていたが、その日はなぜかおにぎりに手が伸びた。海苔を一枚まるっと使っておにぎりを包み、かじった。

あったかい。
それが真っ先に出た感想だった。
塩気のあるごはんと、懐かしい海苔の香り。中に入っていた具が何だったかは忘れたが、お米の温かさが身体に沁みた。
失っていた力が身体に行き渡るような気がして、ホッとした。
ゆっくり呼吸をしながら食べたのを覚えている。

ヨーグルトと果物が食べたくなかったのは、冷たいものを摂り入れたくなかったからかもしれない。
気持ちが落ちている時に冷たいものを食べたら、ますます心が冷えてしまいそうだから。無意識だけど、身体はそのことを知っていたんじゃないかと思う。

夫の置きみやげのおにぎりは、その後もしばらく続いた。
徐々に力を取り戻した私は、一人で抱え込むのをやめ、周りにSOSを出した。それから、少しずつ状況が変わっていった。

いま私は元気になり、ヨーグルトと果物の朝ごはんもいつのまにか復活した。

温かい食べ物には、力が宿っている。
ゆるくてぶかっこうなおにぎりが教えてくれたことは、これからも忘れない。



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