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【 #ティアマトの11の怪物 】ムシュマッヘ:7つ首の蛇【2】

 ティアマトの話は後でまとめて記載するのですが、簡単に解説すると原初の神であるティアマトはその夫であるアプスーを若い神々達に殺害され、彼女を慕う神々と彼女が生んだ怪物たちと共に若い神々に復讐の闘いを挑む、というのが本筋です。

 そして、エヌマ・エリシュ本文においてティアマトが怪物を生み出す説明をしている部分があるのですが、その1番目に書かれているのが当記事の怪物である"ムシュマッヘ"であり、7つ首の蛇として描写されます。

 さて、いきなり話の腰を折るようですが、その原典であるエヌマ・エリシュにおいては"ムシュマッヘ"とは記載されておらず、音素転写では"Sirmahe"(King 1902)となっています。
 こういう記載ずれというのは古代オリエント神話では珍しくなく、最初の記事で簡単に描いたように統治している複数の民族に対して書かれていたことや、何度も更新を繰り返していたというのがその原因であるようです。

 記載されている箇所の日本語を参照しますと、

あらゆるものをつくった母フブル*1は七岐の大蛇*2を生んで、無敵の武器を加えました。
(その)歯は鋭く、仮借なく(?)*3
彼女は血の代わりに毒液を体いっぱいに満たしました。

(後藤・矢島・杉 1978)

となっています。
 *1 ティアマトのこと(Hubur)
 *2 上記のとおり原文はSirmaheであり複数形。七岐の大蛇とは後述するように意訳。
 *3 King 1902によれば"無慈悲なる牙 (merciless of fangs)"

 ずいぶんと短い説明しかないのだなと思われる方もいらっしゃるとは思いますが、これでも長い方です。といいますか、他の怪物達に比べると破格の扱いです。

 ムシュマッヘ(Mušmaḫḫū)という呼称はそもそもどこから?ということが気になりますが、これはどうやら別の叙事詩である「アンジム(Angim)」または「ニヌルタのニップルへの帰還」と呼ばれるもの(他の名称として「アンズー神話」としても知られています)から取られているようです。
この叙事詩はニヌルタ神(ニンギルス神とも呼ばれる)が各地の怪物を倒していくことをはじめとした活躍が描かれており、ギリシャ神話のヘラクレスの活躍への影響を思わせるものです。
 ムシュマッヘはこの活躍の中で退治される蛇であり、まさにヘラクレスの退治した9本の首の不死身の竜ヒュドラを連想させます。

 そのムシュマッヘとエヌマ・エリシュ記載のSirmaheを結びつけるのは各種考古学的遺物になり、現存するエヌマ・エリシュ単体ではそこまで強固な結びつきがあるわけではありません。
 とどのつまり、本来ムシュマッヘはティアマトとはあまり関係のなかった存在であり、それがティアマトと関連づけられた(か、その途中だったか)というようなものだと考えればよいのですが、記載が他の怪物と違って別格ということもあって、ティアマトとムシュマッヘの同一視が現代においても甚だしいという事態になっています。

 実際ティアマトの戦闘等における描写が「巨大な口」や「長い体」とされているため、ティアマトも蛇のような存在と解釈できるわけですが、7本首の蛇であったかどうかは少なくとも読み取れません。
 ですが、ティアマトが女性の姿である以外はこの複数首を持って描かれる率が非常に高く、混乱に拍車をかけているようですが、複数首の蛇ないし竜であればこの"ムシュマッヘ"ないし"Sirmahe"と呼ばれるのが本来の形だということになります。

 また、レアなケースとして某聖戦ゲームではティアマトが海(塩水)を思わせる神であることからそこから生まれたムシュマッヘが海にいるタコかイソギンチャクのような軟体動物として描写されていましたが、ティアマトの怪物は実際には海に関係ない怪物が多く含まれており、その理由もあるのでムシュマッヘをわざわざ海と結びつける必要性はないと思われます。
 古代オリエントにおいて蛇/竜は海・水とは真逆の山・火の象徴として描写されます。いかに時代を経ても属性が真逆のものになることはありえないのだそうです。

 ようするに、僕らがファンタジー創作等でティアマトだと思っていた複数首の怪物は実はムシュマッヘと呼ぶべきものだった。これだけ頭に置けば、ファンタジー創作でちょっと大きな顔ができること間違いなしです。

ムシュマッヘ、イメージ1
ムシュマッヘ、イメージ2
ムシュマッヘ、イメージ3

 ちなみに、ムシュマッヘでもSirmaheでも複数系なのですが、"単体の怪物が複数の首を持っているから複数形"なのか"本当に何匹もいたのか"は定かではなく、どちらとも解釈できるようです。

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