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短編「伝説のライブ」
恥ずかしがり屋の兄がいた。
毎晩コツコツと機械で歌を作っては自分しか見えないファイルに保存して楽しんでいるような人だった。
せっかく良い曲なんだし、いろんな人に聞いてもらおうよ!と言っても
「恥ずかしいからダメ」
と全くノリ気になってくれなかった。歌姫のことも音楽のことも分からない自分は、勿体無いと膨れるしかできなかった。
まあ、とはいえ趣味だからと何十年も続けている兄の楽しそうな様子に、これもこれで良いかと一人暮らしを始める兄を見送って早数年。
過労死なんて、楽しそうな笑顔からは想像も出来ない形で兄は帰ってきた。
最近は忙しいから話せなかった兄。そういえば亡くなる少し前に、何かあったらパスワード教えておくから、よろしくと言われたのだった。そのことを思い出した僕は、兄のパソコンを持ち帰ることにした。
家に帰るとさっそく、教えてもらったパスワードを打ち込む。起動音とともに画面には少女が映し出される。そして笑顔で語りかけてくる。
「おかえりなさい、マスター。おや、マスターではありませんね?」
思わず乾いた笑いが出てくる。
今時のAIは優秀だなと思いつつ、音声(マイク)に反応しているのか眉間にシワがよっている。
「どなたか知りませんが、いきなり笑うなんて失礼です」
とっさに謝ると、画面の中にいる彼女は笑顔になり許してくれた。側から見ると独り言のようで恥ずかしくなるが、兄が亡くなったこと伝え、データを処分することを指示する。
すると、彼女は泣き始めた。目からほろり、ほろりと涙が流れる。
その姿に驚いてしまい、あたふたと慰めのようなことを言っていると。
「すみません。処分するのは待っていただけませんか?」
と言われた。元々、自分も処分したくなかったこともあり、頷きシャットダウンをした。
あれから数日、数週間と彼女と過ごしているとある提案をされた。
「これは傑作と言っていたので」
どうやら彼女は人前で歌ってみたかったそうだ。
でも、恥ずかしがり屋の兄は中々決心がつかずに、準備だけは万端な状態で放置されていたらしい。全て消す前に歌いたいと頼まれた僕は、ライブ配信の方法を調べて、一夜限りのライブを開催した。
そのライブは後に伝説のライブだと言われるほど人が来たと、今も彼女とよく話している。
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