そこの君、はじめまして!

これを読んでる人、はじめまして!

コロナで暇な時間が増えすぎて、とりあえずnoteを始めてみました。
ここでは、僕の体験や思ったことを足跡として残していこうと思います。
自分の中で忘れかけている記憶や、インプットしたまま消化しきれていない情報などを言語化することで、自分のなかで整理をしていきたいです。

ただ、自分は飽き性なので、いつまで続くか分からないけど、少しでも多く投稿して、表現・整理できたらいいと思います。

手始めに、自分は最近本が好きなので、本について纏めます!

「人類最大の発明とは文字である」

と、多くの先人たちが指摘していますが、
僕もそう思います。
文字無しでは、僕たちは先人の知恵を学び、それを発展させて成長を重ねることは出来なかったでしょう。生きた時から文字が当たり前に存在していた現代では、文字がない生活など想像し難いですけどね。

一方で、僕は数年前まで本が嫌いでした。
いや、本が嫌いというより、文字を読むという行為がめんどくさく感じていました。
小説なんか読むくらいなら、映画見たほうが楽しいし、絵が鮮明に浮かぶ。知識得るためなら、ネットの要約文読んだり、YouTubeで解説動画みた方が時間もかからない。そんな風に考えていました。
しかし、ある日、「本とは人の思考の結晶だ」ということに気づいて、本を見る目が転換しました。それは、自分が本を書くなら何書くのかなと自問した日のことでした。自分だったらたぶん、自分の人生の大発見や、他人の生きる上でためになる教訓などの重要なことを書くだろうなと想像しました。小説ならばそれを物語形式に変えて。ビジネス書や実用書なら体験を踏まえながら論証を重ねて。
つまりは、本を書く人はみな、自分の知恵の結晶として、本を作り上げているのではないかと感じられたのです。

そう思った途端、図書館や本屋を見るのが楽しくなりました。
・人の人生の知恵が本に保存されている。
・ここに並んでいる一冊一冊の本は著者の思考が結晶化したもの。
つまり、本屋には先人たちが並んでいるとも考えられ、本を読む行為は、著者との時空を超えた会話を可能にしているのだ。と当時は、勝手に盛り上がりました。

そもそも、自分は自分であるから、他人にはなれない。
BTSになって世界中で音楽を広める経験もできなければ、ナポレオンになって戦いを指揮する経験も踏めない。しかし、本はそれを補うツールになる。そのような経験を踏んだ人の本を読めば、その人がみた景色を想像することができ、その人の得た教訓を知ることができるのです。
本は自分一人で得られない価値観・視点を与える意味でも活躍するのだと思います。

以上、纏まりのないまま乱雑に殴り書きしてしまいましたが、いずれにしても読書は面白い。ということをここでは述べてみました。

最後に、小説について、面白い記述を見つけたのでそれを載せて、擱筆しようと思います。

市民に小説が流行って殺人事件が減った

これは、ある本に書いてあった記述です。(Code使いたいだけ。)
古代の時代で小説が流行った時、殺人事件が減ったらしいです。真偽は知りませんが。

さて、問題です。これが事実だとしたら、なぜ小説の流行で殺人事件が減ったのでしょう。



考えてみてください。



答え
本を通して世の倫理観を知ることができるようになったから。



ではないそうです。



古代の人たちは、小説を通して初めて自分以外の人間に感情があることを知った。らしいのです。

他人が自分と同じように考え、喜怒哀楽のある存在なのだ。ということへの理解が、殺人という行為を減らしたのだと言います。


現代では想像し難いですよね。

今が、テレビや映画、マンガなどでも他人の苦労を見たり、知ったりすることが容易な世の中であることは、当たり前ではないのかもしれませんね。


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