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ピッコロあるある

 私は、アマチュアオーケストラで、フルートとピッコロを吹いてきました。ピッコロとは、フルートの半分の長さの、フルートより1オクターブ高い音がする、小さい楽器です。とくに私は、ピッコロは、「マイピッコロ」を持っているほど、好きな楽器です。(日本のアマチュア・フルート業界で、自分のピッコロを持っている人って、百人にひとりくらいしかいないのでは?)ここでは、ピッコロについての「あるあるネタ」を、つれづれなるままに書いてみたいと思います。

 私のフルートはヘインズ、ピッコロはブルゲローニというメーカーです。私は、ピッコロでレッスンを受けたことがないと思います。でも、ピッコロは、吹けます。フルートと同じ楽器ですから。たとえて言えば、普通乗用車を運転できる人が、軽乗用車も運転できるようなものです。少し慣れるのに時間がかかるかもしれませんが、扱い方は、いっしょですよね。
 ところが、だいたい「ピッコロ」で検索すると、「ピッコロはどうやったらうまく吹けますか?」という、中学の吹奏楽部のピッコロさん(各中学に吹奏楽部はひとつあり、各吹奏楽部にピッコロさんはひとりいる。つまり各中学にピッコロさんはひとりいる)の「お悩み相談」みたいなものばかりヒットします。「フルートとピッコロはまったく別物です」と回答している人も多いですので、はっきり申し上げておきます。ピッコロは、フルートと同じ吹き方で、吹けます!もし吹けないとしたら、そもそもフルートの吹き方が間違っているのです!

 「木管分奏」というものがあります。木管楽器だけ集まって、オーケストラの曲の練習をするのです。たとえば2管編成という編成は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットの4種の楽器が、2人ずつ、という編成です。つまり合計8人です。8人しかいない中で、ピッコロを吹くと、ものすごく大きな音で響きます。当たり前です。ピッコロというのは、80人くらいいるフルオーケストラのなかで、たまに高い音で、ピッピキ、ピッピキ鳴って、ちょうどよいくらいのバランスで、作曲家は書いているからです。したがって、8人しかいないところでピッコロを吹くと、先生から「もっと小さく!」と怒られます。でも、ピッコロで小さな音を出すのって、難しいんですよね~。ジレンマです。

 これに近い話で、「本番裏切り」の話を書きますね。練習でよく言われる言葉(指揮者からも、いろいろな人からも)が、「金管や打楽器、もっと小さく!」っていう指示です。ピッコロも言われます。せまい練習場で練習していると、金管や打楽器の音はすごく響いて、弦楽器など他の楽器を圧倒するのですね。それで「小さく、小さく」と言われ続けてストレスをためた金管、打楽器が、本番だけ、みんなを裏切るのです!これを「本番裏切り」と言います。もう、指揮者であろうと誰であろうととめられませんからね。アマオケで金管や打楽器(やピッコロ)が異様にデカかったら、本番裏切りの可能性があると思ってください。

 オーケストラで、片付けが遅い人って、たいがいファゴットだということは、アマオケをやっている人は、よくご存じかもしれません。しかし、じつは、私が、ファゴットさんより遅いときもあるのです。すなわち、クラリネットのA管、B管の「ふたつ片付け」、フルートとピッコロの「ふたつ片付け」という、楽器をふたつ片づけている人というのも、遅くなります。合宿で、そろそろ食事の時間なのに、まだ片づけています。したがって、それで言いますと、ファゴットとコントラファゴットの「ふたつ片付け」は、ものすごーく時間がかかる気がいたしますが、もう忘れました。コントラファゴットさん、ごめんなさい。

 ピッコロの弱点。真ん中の「レ」が高く、上の「レ」は低い、という欠点を持った楽器が多いことです。私の持っているブルゲローニは、その欠点がなく、スムーズに吹けて快適ですが、ピッコロの、レとレのオクターブの出てくる有名な曲は、やはりベートーヴェンの「第九」です。(そのほか、ドヴォルザークの8番の冒頭のピッコロの伸ばし。)その瞬間に、顔の角度を急激に変えているプロのかたも多いですので、今度の年末は、テレビで「第九」を見る機会がありましたら、注目なさってくださいね。

 ベートーヴェンの「第九」で思い出した話です。この曲のピッコロの出番は、第4楽章の、その「アラ・マルチア」(マーチ風のところ)と、最後のプレスト(速いところ)だけです。あとは、1~3楽章も含めて、ぜんぶ、休みです。(この曲に限らず、ピッコロは休みが長いです。お客さんも、たえずピッコロが鳴っていたら、耳が疲れますでしょ?だから作曲家はピッコロはたくさん休ませるのです。)学生時代、シュターツカペレ・ドレスデンの来日公演で、この曲を聴きました(故シノーポリ指揮)。木管は倍管と言って、2人ずつのところ4人ずつに増やして乗っており、4人目のピッコロ持ち替えの人は、慎重に、第1楽章からフルートを吹いてきて体を温め、第4楽章のピッコロの出番の直前は、ピッコロでフルートパートを吹き、万全の体勢でピッコロソロを迎えました。いっぽうで、これも学生時代の思い出ですが、N響のピッコロのおじさまは、ピッコロだけ持って舞台に上がってきて、ピッコロの出番以外は、すべて休んで、いきなりソロを吹かれました。いさぎよいかたです。しかも、ベートーヴェンの第九は、ピッコロは、(おそらくベートーヴェンの時代は出なかったのか、あるいは出ないことをベートーヴェンが心配したのか)不自然に1オクターブ下げてあるところがたくさんありますが、いまのピッコロならば、すべてオクターブ上で吹けます。N響のおじさまは、すべてオクターブ上げられました。いさぎよいかたです。いまは楽譜忠実主義なので、なかなかCDでは聴けない演奏です。具体的には、「第九」のラストで、ピッコロが異様によく聴こえる演奏は、「オクターブ上げ」を実行している演奏と思っていただいていいと思います。今年の年末、生で第九を聴く機会がありましたら、これも気を付けてみていただきたいと思います。

 ピッコロの難しい曲。指が難しいのは、チャイコフスキーの4番。音を出すことそのものが難しいのは、マーラーの10番の第1楽章。

 まずチャイコフスキーの交響曲第4番から。ピッコロは、長い1、2楽章を休んだあと、第3楽章の弦のピチカートが終わったあと、突然、登場して、テンポが戻ったあとに、おそるべきサーカスのようなピッコロソロがあります。これは、スコアをご覧になりながらCDなどお聴きになるとお分かりいただけますが、「書いてあるとおりに音を並べる」だけで、相当、難しいです。百点満点の演奏には、なかなか出会えません。たまに百点に近い演奏はありますが、たとえばピッコロの名手であるチェコフィルのヤン・マハトでさえ、90点くらいの演奏だったと思います(小林研一郎指揮のCD)。私も練習したことがありますが(本番は演奏していません)、レッスンで先生から、このソロには「替え指」(運指がラクになる指使い)はないと言われました。ひたすら練習するしかないようです。(ですからこのチャイ4のピッコロソロで、替え指を教える先生は、いんちきというか、ごまかしかたを教えていることになります。ご注意。)

 つぎ、音を出すことそのものが難しい曲が、マーラーの交響曲第10番の第1楽章(アダージョ)のラストの、高いファのシャープによる終わりです。高いファのシャープは、フルートでもピッコロでも、出すのが困難な音です。その音で、極めて小さな音で、終わらねばならないのです!これはある意味でチャイ4よりも難しいと言えましょう。マーラーもおそらくわかって書いているから意地が悪い。しかも、いまでこそ、クック版などの、全5楽章ヴァージョンで演奏されることも多いマーラーの10番ですが、いまだに、第1楽章だけを演奏することも少なくなく、その場合は、この音が、曲全体の終わりとなってしまって、極めて責任が重いです。私も、この楽章を初見大会でやったとき、ピッコロが当たり、とてもこんなものは吹けませんと言ったら、おっかないコンマスに「殺す!」と言われました。これ、ベルリンフィルでもなんでも、どんなうまいオーケストラの演奏でも、ピッコロは、苦悶しながら吹いているのがわかります。どうぞ、お手持ちのCDで、お確かめください。

 私はよく、noteを書いていて「第2弾も書きます」と言いつつ、書かないことが多いのですが、これも、第2弾を書きたいような気持ちです。しかし、書くかなあ…。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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