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ビゼー「アルルの女」第1組曲・第2組曲

(これは、私がときどき書くクラシック音楽マニアネタです。それでもよろしいというかたはどうぞお読みください。そうではないかたが読んでおもしろいとお思いになるかどうかはわかりません…)

高校時代、すなわち、1990年代の初頭ということになりますが(1992年くらいか)、オーケストラ部の顧問であった音楽の先生から言われました。あるオケで木管が足りていないらしいから、行ってくれないか。われわれオーケストラ部の木管の仲間は乗りに行きました。

しかし、結論から言えば、木管楽器のなかでも足りている楽器と足りていない楽器があったのでした。そして、フルートは足りていたのでした。

そのオケがなんであったのか、指揮者は誰であったのか、どういう演奏会であったのか、まったく覚えていません。ヴィオラで、すごいオーバーアクションで弾くおじさんがいたことを覚えていますので、学生オケではなく、いろいろな世代のいるオケでした。いわゆる「寄せ集めオケ」でした。曲はビゼーの「アルルの女」第1組曲と第2組曲でした。トータル30分くらいの出番。演奏会にしては30分は短いし、ほんとうにどういう演奏会だったのか、不明です。

フルートパートには、ある付近の、音楽科のある高校の男女2人がいました。(この曲のフルートパートは2人です。2番はピッコロ持ち替え。)フルートでほかに賛助を頼まれたのは、ほかにもうひとつ高校があり、さらに大学生もいました。フルートは「あまりまくって」いたのです。本来のパートはその音楽高校の2人が務めました。

私が「悪者は悪者の顔をしていない」ということを痛切に感じたのはこのときです。彼らはわれわれを徹底的に「虫けら扱い」してきました。われわれを「アシ」と呼び(これは普通の言いかたであり、アシスタントを意味するのですが、彼らが言うと「足」と聞こえるのでした。私は「2アシ」でしたが(2番のアシスタント)、徹底的に干されました。その大学生も「彼ら(その音楽高校の2人)には逆らわないほうがよい」と助言してくれました。その大学生のお兄さんもひたすら「耐えて」いたのです。30分の曲のなかで、吹くことをゆるされた箇所は、わずか正味3分くらいであり、その大部分は、最後の「ファランドール」の「トゥッティ(全員合奏)」なのでした。もう何のために行っているのかわかりません。彼ら男女2人は、われわれ「アシ」から、徹底的に出番を奪ったのでした。かろうじて出番があったと言えるのは、ピッコロを任されていた後輩くらいでしょう(でも彼も指揮者からパストラール(第2組曲第1曲)で「大きすぎる!」と叱られていましたが。あれ、大きくなって当たり前なのに。つまり指揮者も凡庸な人物であったことが今考えるとわかります。プロの指揮者だったと思いますが)。とにかく悪者は悪者の顔をしていないのでした。まるで彼らはわれわれを「アブラムシを駆除する園芸家」のようだったのです。幼いころ見たテレビの「悪者」は「オレは悪者だ!ぐわっはっは!」と言っていましたが、そのような悪者はいないのであって、本当の悪者はアブラムシを駆除する園芸家のように、普通の顔でわれわれを干すのでした。

第2組曲の「メヌエット」では、フルート1番が活躍します。(他のパートがそれほどひどくなかったのは、オーボエもクラリネットもファゴットも、その音楽高校の学生が乗っていましたが、フルートの2人みたいな「徹底的ないじわる」ではなく、普通にわれわれアシにも出番を与えてくれているようでした。)練習で彼がそのソロを吹いたとき、その凡庸な指揮者は偉そうにそのソリストをたたえました。それがオケの習慣であることも知らないくらいオケ歴の浅い私でしたが、うすら寒い思いをしたものです。

ところで、この1992年くらいの出番の20年以上あと、この「第2組曲」の「ファランドール」をやる機会がもう一度あったのです。当時、ある中高のオケの指揮者を務めていましたが、この曲をやることになり、ピッコロと指揮を担当しました。私が指揮者だったのは2014年から2016年までの3年間でありますので、そのどこかのタイミングです。おそらく2015年ですね。年度末のアンコールとしてやり、そのときはピッコロ、そして、その直後の新入生歓迎会では指揮者として。四半世紀ぶりに雪辱をはらしました!そのころまでにはフルートはへたになってしまっていましたが。

さて、この曲にはすばらしい録音があります。「レオポルド・ストコフスキーと彼の交響楽団」というものです。1952年録音のモノラル録音です。(ストコフスキー指揮の「アルルの女」は、たとえばナショナルフィルのはよくないですし、だいいち、第2組曲が抜粋です。ストコフスキーはしばしば第1組曲を演奏しましたが、第2組曲をカットだらけとは言えちゃんと録音したのは生涯でこのときだけであるように思います。)自由自在な演奏であり、カットしまくりなのですがちっともおかしくなく、曲のよさを引き立たせています。ストコフスキーの指揮者としての才能が嫌というほどわかる超のつく名演奏だと言えると思います。これはCDでしか存在しないのかな…。CDのジャケットはサムネです。ほかにビゼーのハ長調交響曲(1952年録音)と、ドビュッシーの「子どもの領分」(1949年録音)が入っています。いずれも名演奏という奇跡的な出来です。

以上です。「アルルの女」の「ファランドール」は指揮したことがあるぞ!

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