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円の面積の公式は小学校でどう習ったか

 (本日の算数・数学の記事は、小学校で円の面積の公式を習った人以上向けです。円の面積=半径×半径×3.14というものですね。しかし、$${\lim_{x \to 0} \frac{\sin x}{x} =1}$$が出て来ますので、理系の高校生以上向けかもしれません。でもよろしければお読みくださいね。)

 小学校で円の面積の公式を学びました。私は小学校3、4年のときの担任の先生の顔を思い出しますので、4年生くらいだったと思います。いまの課程だと、5年か6年ですよね。いずれにしても、小学校で習います。円の面積=半径×半径×3.14だったと思います。どうやって納得させられたか、覚えておられますか?以下のような絵を見せられたと思います。

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 円が、たくさんの半径によって切られている絵です。ケーキを切って分けているような図で、ひとつひとつの部分は、扇形(おうぎがた。これ少なくともいま、中学に行かないと習わないかも。ごめんなさい)です。しかし、これは細かく切ると、だんだん三角形に近づいていく、という話の持って行きかたです。これらの切られた扇形をつぎの図のように互い違いに組み合わせると、なんだか平行四辺形のようになっていきます。

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 これをさらに円を細かく半径で切って同様にすると、以下の図のように、長方形に近づきます。

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 これは、私が小学校のころは「長方形」ではなく「平行四辺形」と書かれていました。小学生だった私は「長方形ではないか」と思いました。現代の小学校の教科書には「長方形」と書かれています。そして、この面積は、円の面積に等しいはずです。扇形に分けて並べ替えただけですから。そしてこの長方形のタテの長さは半径の大きさであり、ヨコの長さは円周の長さの半分です。上の辺の長さと下の辺の長さは同じで、そして、足すと円周の長さになるからです。つまり、この長方形の面積(すなわち円の面積)は、タテ×ヨコ=半径×(円周の長さ÷2)であり、円周の長さは「直径×3.14」でした。そして直径=半径×2でした。つまり「円周の長さ÷2」は「(半径×2×3.14)÷2」です。これで円の面積を求めると、(小学生以上の人向けの演習問題。ここの計算をやってみてください。難しくはありません)円の面積=半径×半径×3.14になります。こうやって納得させられてきたのです。私も当時はすっかりこれで納得させられて来ました。当時の私はこれで納得していました。

 つぎに、同じころ(小学校3、4年ごろ)父から聞いた、「論理ゲーム」のようなものを紹介します。以下の三角形は、1辺の長さが1の(単位を省略することをおゆるしください)正三角形です。頂点Aから頂点Bまでまっすぐ行くと、その道のり(長さ)は$${1}$$です。いっぽうで、頂点Aから、Cを経由して、Bに行くと、その道のりは$${2}$$です。ようするに$${AC+CB=2}$$です。

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 そのつぎの絵を見てください。点Dは辺ACの中点(まんなかの点)です。点Eは辺CBの中点です。C’は辺ABの中点です。AからBにまっすぐ行くと相変わらず長さは$${1}$$です。いっぽうで、点Aから$${A \to D \to C’ \to E \to B}$$と進んだら、その道のりは$${2}$$です。$${D \to C \to E}$$を下に折り返したものが$${D \to C’ \to E}$$であり、道のりは変わらないからです。

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 同様にして、以下のようにADの中点をF、DC’の中点をG、EC’の中点をH、EBの中点をIとしますと、$${A \to F \to D’ \to G \to C’ \to H \to E’ \to I \to B}$$の道のりは$${2}$$です。

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 同様にして、以下のようにしてもそのギザギザの道の道のりは$${2}$$です。このギザギザの道は、辺ABに近づいています。ABの長さは$${1}$$です。辺ABに近づいていくギザギザの道の長さは$${2}$$です。

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 というわけで、長さ$${1}$$の辺に近づいていくからと言って長さが$${1}$$に近づいていくわけではないというのが父の「論理ゲーム」でした。当時小学生の私は、これを聞いて、当たり前ではないかと思ってしまいました。しかし、以下のようなことがありました。高校生のころです。以下は高校生以上の知識を要しますが、論理の持って行きかたについて書きたいというのが趣旨ですので、難しいところは飛ばしつつ読んでいただいてもだいじょうぶであるように書きたいと思います。

 高校で、「三角比」を習いました。いわゆるサイン、コサインというやつで、直角三角形の辺の長さの比でした。それから、ラジアンと言われる角度の単位を習いました。「90°」とかではない、本質的な角度の単位でした。そして、なんのためにラジアンを導入したのかと言えば、つぎの式が成り立つようにするためだったのです。
 $${\lim_{x \to 0} \frac{\sin x}{x} =1}$$
 当時の私の数学の先生は、とても穏やかな学者肌の先生でした。これの証明は、教科書に載っているものをそのまま紹介なさいました。以下のような証明です。

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 上の絵をご覧ください。曲がっている線は、点Oを中心とする半径1の弧です。この図から、面積について、以下のことが言えます。△OAC<扇形OAC<△OABです。ここから、以下のようなことが言えます。

 $${\frac{1}{2}\cdot 1 \cdot 1 \cdot \sin x < \frac{1}{2}\cdot 1\cdot x < \frac{1}{2}\cdot 1 \cdot \tan x}$$
(注意!いま、扇形の面積すなわち円の面積の公式を使いました!)

 ここから以下のように変形できます。(変形は演習問題とします。難しくないです。)

 $${\cos x < \frac{\sin x}{x} < 1}$$

ここで$${x \to 0}$$としますと、はさみうちの原理により、$${\lim_{x \to 0} \frac{\sin x}{x} =1}$$・・・(*)が成り立つ、という証明だったのです。高校生だった私は、すぐにおかしいと思いました。なぜならこの証明は円の面積の公式を用いており、そして、円の面積の公式の納得のさせられかたはずっと上に述べました小学校以来の証明以来、知らないのでありまして、それは、暗黙のうちに(*)を使っているからでした。さきほどの「論理ゲーム」を思い出してください。線が近づいていくからと言って、長さが近づいていくわけではありません。それなのに、円の面積の公式の証明のしかたは、ずっと上の長方形の絵を思い出していただければと思いますが、円を細かく扇形にわけて互い違いに並べれば、長方形に近づくと言っており、そのヨコの長さは、「円周の長さの半分」だと言っていました。線が近づいていくからと言って、長さが近づいていくわけではないのに!でも、この場合、たしかに長さも近づいていくのです。でも、それはまさに(*)を使っています。それで、この証明を聴いた瞬間に「おかしい」と思ったのです。でも、とてもおとなしい子どもだった私は、その場で手を挙げることもなく、ただし授業が終わってすぐその先生のいる職員室に向かった記憶があります。「鬼の首を取った」ように職員室に向かったわけではありません。とても小さい声で先生に申し上げたと思います。(いや、いま、その30年前の記憶をたぐりよせて、「すぐではなかった」という記憶を呼び起こしつつあります。この証明を聴いてすぐではなく、その次か次の授業で、これを使った演習問題を解いていて気がついたことだったかも。もう30年前のことなので記憶があいまいであることをおゆるしください。この記事の内容はあいまいではありません。)その穏やかな先生は私の申し上げることを理解なさり、「そうですね、これはトートロジーですね(「循環論法ですね」と言いたかったのだと思います)。おかしな証明ですね。これは、大学へ行ったらちゃんと学びますから…」とおっしゃいました。実際には大学に行ってこれを学び直すことはなかったのですが(当たり前なのですけど)。当時はインターネットもパソコンも携帯電話もなにもない時代です。教科書がすべてでした。これが、30年前までの思い出です。

 (ちょっと小学生の皆さんを置いてけぼりにしましたね。ごめんなさい。つまり、円の面積の公式はなぜ「半径×半径×3.14」なのですかと聞かれて(*)という性質を使い、そして、(*)が成り立つ理由を言うときに、円の面積の公式を使ったら、おかしいでしょ?ということが言いたいです。)

 ずっとのち、大学へ進学して、数学を専門として大学院へ行き、博士課程のときに発達障害の二次障害を患って博士論文が書けなくなり、やむを得ず中高の教員になったら徹底的に向いていなくて極めてダメ教員だったのですが、一度だけ、これ(*)を教える機会がありました。教科書に載っていた証明は、上に述べた30年前のものと変わっていませんでした。これはいわゆる「数学Ⅲ」と言われる科目に含まれ、少なくとも私の勤務する学校ではダメ教員に数Ⅲが任されることはまずなく、私がこれを教える機会はいまから14年くらい前の1回だけでした。(皆さんの学校ではいかがでしたか?「できる」先生が数Ⅰ、Ⅱ、Ⅲを教え、「ダメ教員」が数A、B(、C)を教える傾向にありましたか?)しかし、そのとき、まだ証明は変わっていなかったのです。誰も突っ込まなかったのかな。いや、そうではなく、これより「いい」証明が誰にも思いつかないという理由であることは、なんとなくだんだんわかってきました。算数・数学の教科書には、この手の詭弁(きべん)が多いのです。いまは知りませんが、少なくともさきほどちょっとネット検索した限りでは、同じ証明がなされているようです。そのとき、ある同僚(学術ぶった同僚)に、ちょっと相談してみました。彼は高木貞治(たかぎ・ていじ)の『解析概論』を出してきました。高木貞治はとても有名な明治時代の数学者で、世界的な業績を残しています。東大数理(東大の数学の大学院)の図書館の入り口には、高木貞治の胸像がありました(東大の先生だったとかなのでしょう)。私は『解析概論』は読んだことがありません。彼はその証明のページを開きました。高木は「それはラジアンをそのように定めたのであるから当たり前であるが」と断った上で、証明を書いていました。現代の高校の教科書の証明(上述の)とは異なる証明だったと思います。しかし、私が強烈に覚えていることは、その「ラジアンをそのように定めたのであるから当たり前である」という言葉です。その通りです。そうとしか言いようがありません。さきほど私がラジアンを「本質的」と言ったのは、その意味です。(ちなみに、もっと水準の低い同僚の教員は、まず円の面積の公式を積分で出そうとしたりするのでした。しかしそれでは、三角関数を積分せねばならず、それには結局(*)を使うからダメに決まっています。それでも私の勤めていた三流進学校ではマシな教員でしたが。)

 さて、この記事を書こうとするにあたって、「sin x x =1 循環論法」などで検索すると、これが循環論法であることを言っている記事がたくさんヒットします。この点では私のこの記事よりずっと「高校数学テクニカル」に解説している記事が多いようでしたので、そういう方面がお好きなかたは、どうぞ検索してそちらをご覧くださいね。つまり、これが循環論法であることに気がついている人はたくさんいるのです。しかし、それがこうしてたくさん記事になる理由というものがあります。私が過去に何度も書いています通り、小学校算数の教科書から始まり、中学数学でも高校数学でも、しばしばこのような「詭弁」(さっきからきつい言いかたを使って申し訳ございません)を言っている証明はたくさんあるものです。そのなかでなぜこれがそんなに話題になるのかと言えば、これは高校数学のなかでは「数Ⅲ」という「学術的に高度」と思われているらしいところで出て来ること、またその証明が、上で見ました通り「はさみうちの原理」などを使っていて、いかにも学術的に見えることなどから、こうしてたくさんのツッコミが入るのであろうと私には思えます。たとえば私が中学生であったころ、2つの三角形が合同であることを証明することを習いましたが(これは中学を経験した人ならば多くの人がやらされたことを記憶なさっているだろうと思います)、私はそれを習いながら「これはなかなか論理的でおもしろいが、『三角形の合同条件そのもの』は証明しないのね」と思っていました。そういうものです。

 もう完全に小学生を置いてけぼりにしていますが、ラジアンの話を続けますね。最後の話です。少なくとも私が教員をしていた2006年度から2016年度くらいのあいだの指導要領では、ラジアンは文系・理系に関係なく習い、いっぽうで上の(*)は、理系しか習わないのでした。つまり、文系の学生さんは「なんのためにラジアンが導入されたのか、ついにわからないまま高校を卒業する」ということなのです(そしておそらくそのあと一生、数学を学ばない)。私は教員だったあるとき、(さすがに定期テストではなく進学講座で)「なぜラジアンという角度の単位が導入されたのか説明しなさい」というレポート問題を出しました。まともに答えられる生徒さんは皆無でした。ほとんどが白紙でした。唯一、いっしょうけんめい書いている生徒さんの答えは「われわれがセンター試験ですばやく計算できるようにするため」という答えでした。あまりにいっしょうけんめい書いてあったので、評価しましたけれども。

 以上です。$${\lim_{x \to 0} \frac{\sin x}{x} =1}$$を証明するのに円の面積の公式を使ったら循環論法ですよ!

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