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リセットボタンと、私、砂漠化現象

お久しぶりです。
久枝です。

みなさん、猛暑の夏はいかがお過ごしでしょうか?

私は、今年の3月から怒涛の毎月旅行予定も順調にこなし、
8/11-13で開催されたRISINGSUNROK FESでパリピ旅行予定に幕を下りたと思っていたら、まだこの旅路は終わりを迎えない様子です。

9月には、音楽ライブふたつ行くことになっているww

一応日記なんで、今年の旅行記録を書いておくと

3月下旬 徳島 in BUMPのライブ遠征
4月下旬 札幌 in BUMPライブ遠征
5月上旬 北海道を右から左に横断旅行1週間
5月下旬 北海道旅行の旅が終わると同時に福岡へ自分探しの旅
     福岡に来たはずなのに福岡の友達とほぼ宮崎に居た
6月下旬 青森東北旅行のたび(東北一周)
7月中旬 台北へ藤井風を思い求めて遠征
8月上旬 RISINGSUNROK FES
9月下旬 玉置浩二のライブ(札幌)
    ポストマローンのライブ(東京)

これだけ見ると、人生を謳歌しているよね。
今年のチケット運がマジでえげつなくて、今のところ抽選で全部当選しているという恐ろしさ(ポストマローンに至っては気づかず違うサイトから2件申し込みして、両方当たるという引きの強さ)

でも、人間は欲深い生き物ww
10月からは、少し落ち着くかなと思いつつ
何やら自分の内側の変革と同様に
「より高みを目指して、見えない大きな渦」に突入している様子です。

今日は、台湾旅行で得た自分の大きな気づきの話と
ココから始まる旅路の話をしようかなと思います。

やっと、言語化できそうな気がするから…。



恥ずかしいくらい、何もない私がここにいた


台北で、とんでもない大きさの気づきを持って帰ってきた私は
実はこの日記を書く気になるまで、
かなり迷子になっていました。
その迷子は今、少し抜けつつあるからやっと筆をとれたわけで。

何を見つけたのかも、
見つけたものの着地点も、これからの自分の可能性も
一旦状況を飲み込むだけで
1か月以上かかるような、
そんな大きなものだったから
何をどう表現することができるのか、見当もつかなかった。

そして、まだ飲み込めていない部分もかなりあるし
どう組み立てていくのが自分にとってベストなのか
これから構築していくんですけど。

それでも、いつでも私に気づきをくれるのは
心地よい音楽と
いつ買ったかも覚えていない気になっていた本だと思うし、

今回の気づきで、この二つは、私の人生で
たぶん私の道しるべになってくれていたな、と
今更になって気づきました。

そして、同時に、私が一番信頼を置いている道しるべでもある。
誰かに助言をもらっても、素直に聞けないひねくれた私には
ピッタリな道しるべ♪

そして、肝心の何を受けとったのかということだけど、

それは、藤井風さんのライブ当日でした。

会場付近に早くついて、時間が余っていたから
何か本を読みたかったけど、その日はいつも持ち歩いている本は持たずに
できるだけ身軽で会場に向かっていたので、
待ち時間をどう過ごすか迷っていました。

台北だから本を買っても外国語だし
友達がいるわけでもないし
携帯でゲームもそんなする方ではなかったので
どうしよう・・・・となっていた時に

「あ、kindleで読みかけの本あったな」と思い出して
よみ始めたのがこちらの本👇

いかにも
私が好きそうな本(笑)

アサーティブやマインドフルネス、アファメーションなど
色んな要素を加えた自己啓発の本なんだけど
ただの自己啓発ではないなと思う。

なんというか、
魂から変革を促されるような感覚になった本。

言ってることは、とにかく当たり前のことで、
「行動がすべて」
「行動しないと何も生まない」
とビジネス書らしく「動け―!」と訴えてくれているんだけど

たぶん、読んだタイミングが良かったんだと思う。

想像以上に、その時の私に深く刺さった。

「崇高な思考は、意識の高い人に届く」
「崇高な行動は、全人類に届く」

シンプルだけど
この言葉に、すごく感銘を受けた。


実は、今年色んな所に旅をしながら
「私が本当にやりたいことってなんだろう」っていう問いが
4月くらいからずっと付きまとっていた。

厳密にはもっと前からだろうけど
それを感じるようになったきっかけは、これまた本。

この本は、たぶん1年以上前に図書館でみつけて
気になって調べたら、すでに絶版で
中古が出回っている感じなんですけど
中古を買って手元に置いて、今まで読んでなかったんですね。
1年くらい温めてました(よくある)

なんとなく、4月の福岡旅行前に急に読みたくなって
福岡にも持って行ってたんですけど
ここで描かれているのは、一見超スピリチュアルな見えない世界の話を
実話として作者のドキュメンタリー風に読み進めていくような本なんですけど、簡単に説明すると、シャーマンを追求した本なんです。

世界各国にいるシャーマンの在り方や、闇に飲まれた世界の話
人とあの世のバランスのとり方とかを、実際を見て感じた作者の話で、まぁそんなに興味ない人はどうでも良さそうな無いようなんですけど
個人的に素晴らしいなと感じたのは

「死」がすべてのスタートで、「死」を受け入れられないと
人間としてそもそもの営みが始まらないと伝えていること。


死ぬこと…いつでも死んで良いと思っているけど、
それは「あきらめ」から来ていないか?
純粋に「生きるためのに死ぬ選択ができているか?」

そんな深い問いを伝えてくれているんですけど
実は、4月の時はこの本を全部読み終えることができなかったんです。
前半100ページくらい進んで、止まっていました。

で、たまたま台北旅行にも持ってきていて。

ライブ当日はさっきも伝えたように
手ぶらだったので、
先ほどの「あなたはあなたが使っている言葉でできている 」をkindleで読んでたんだけど、このタイミングでよんだことで、4月頃からシャーマンずボディで問われていた「私が何をしたいのか、どう人生を歩みたいのか」の問いに対して、非常に大きな恵みを与えてくれてたんです。

「あ、私が今知りたい答えが、ここに書いてある」と思って、
風さんのライブ会場の一角で、夢中で読み進めました。

そしたらね、もうね…

涙が止まらなくて。

よめば読むほど、

「本当に、私は何も持っていなかった」と強烈に受け取らざるを得なかった。

なにかを持っている、何かをやり遂げることができる人間だと
どこかで自分に期待していた。
今までの道のりが
自分の生きてきた価値だと思っていたかった。
学んだことが、自分の才能だと思いたかった。

それをアウトプットして、伝えていくことが私の使命なんだ、
くらいに思っていたけど

全部、私の思い込みだった。
使命なんて、ただのエゴだと気付かされた。


実際の私は
本当に、びっくりするくらい、これっぽっちもなぁぁぁぁんにも、持っていない。

塵ひとつ、「これが私ー!」って言えるものなんて、なんにもない。


どこを探しても、「これ、私!」と言える何かを
もっていないんだと、気づかされた。

やりたいと思ったことが実は偽りだったこと
シンプルだと思っていたものが実はこだわりまくっていたこと
<私>だと思っていたもののしっくりこない違和感は、「何もない」というものを受けとるために感じていたんだということ。


そして、出来ることなんて、受け取って、出すだけの
本当にシンプルな受信機の役割しか
わたしにはできないことに気づいた。

(まさに、これがシャーマンの役割なんですけどね)

肉体という「皮」に踊らされているただの器。
ただ、「佐々木久枝」という器を与えられているだけの、魂。

あたまでわかっていたけど

これほどまでに、何もないなんて
思いたくなかった。
知りたくなかった。

そして、強烈に恥ずかしくなった。

何かあると思って動いていた自分に
今まで伝えてきたものは「私の才能だと」言わんばかりに
良かれと思って伝えてきたことに
誰かの役に立つと思いたかった私に
猛烈に恥ずかしさがこみあげてきた。


恥ずかしすぎる、
何もできないのに、
おごっていた自分がこんなにまだまだ潜んでいて
自分が怖すぎる。

何もかも捨てて、すべて更地にしてしまいたい。

そして、こんなに強いエゴを自分は持っていることに気づいて
このエゴを手放し、私を砂漠化させるために
今までの道のりがあったことに、同時に

「どうなってんのー!全部辻褄あうの、怖いー!!!」

と天に泣き叫びたくなるほどだった。

これが、ライブが始まる直前の話。


藤井風さんは、普段から「特にない」とか「帰ろう」とか
本当の自分に還ることを歌にしてくれている。

そんな人がこれから、私に何を伝えてくれるのか。
私は、風さんを使って何を私に伝えたいのか。


おそらく、風さんは私が今経験した「砂漠化」を
何年か前にすでに経験している人だと思う。

そんな人から
私は何を受けとるのか。

正直、楽しみ半分、もう怖さ半分でいやだ。

本当に、人生で経験したことないような手の震えが止まらなくて
風さんに会えるからというより
今、私が受け取ったものの大きさと可能性に
怯んでしまった震えだと思う。

そして、ここから更に初めて感じる感覚で
ライブ開演を迎えたんですけど。


「ここにいない人」


ライブがスタートして、風さんが登場。

私は、会場の風さんセンターの直線状で、二階席。
肉眼でもばっちり見える良席でした。

こんな場所♪

風さんが、いつものごとく深々と頭を下げてくれた瞬間
格式の高い神社に来たような感覚に襲われる…。
直線状だったからだろうけど、お辞儀した瞬間の
ふわっと何かに貫かれるような感覚(少し意識を持ってかれるような感覚)は、瞑想で深く入ったときの感じに似ていた。

アーティストに、こんな感じになったことあるか?(笑)
その辺りの神社ですら、なかなか味わえないレベルの透明感…。

そして、彼が登場してから私の中には
風さんの肉体の声なのかわからんけど、「怖い怖い」という感覚がずっとあって、「何もない自分が何ができるかわからん、人前は怖い」
という震えが本当に止まらなかった。
あと涙も止まらない。

私が砂漠化したからこそ、相手の感覚がめっちゃリアルに感じられていたんだと思う。

そんな中、素晴らしい演奏が始まる。

そこからは、もう彼の肉体を使って素晴らしい指揮者や伴奏の方たちが
素晴らしい音色を奏でていることに
ただただ酔いしれる時間で…

一瞬、バックライトが強くあたって、風さんがシルエットのみになる
瞬間があったんですが
その瞬間に、私は「あ、本当にここに肉しかいない」と感じました。

何度も霊視をやってきて、死者との対話もさせてもらったり
いろんな経験をさせてもらっているけど
あそこまで、「ただの物体」を使いこなしている人は
正直、見たことがない。

風さんの魂は、
風さんの頭上5メートルくらい上にいるような感じで
演奏中は別の誰かの力を借りているような
でも風さんのような
そんな、不思議な時間。

「ここにいない」というのが、まさにしっくりくる人。

よく、気配を消す達人と言われているけど
そもそも自我意識がここにないから
気配も生まれない。


事実かどうかはわからないけど
演奏序盤のほうで、実は風さんのめっちゃ強い視線(射貫くような視線)を感じた気がしました。
肉眼で見えても、目が合っているかどうかなんてわからない距離だから
確かめようがないんだけど、すごく鋭い、射貫くようなエネルギーで
「うぉっ、何?!」って一人でなっていた。

彼もサイキック能力あるだろうから
何か、伝えてたかったのかもな。


こうして、風さんの素晴らしいライブは優しい時間となって幕を閉じました。


実は、彼に会って確かめたかったことがあったの。

彼の音楽にどっぷりハマったのが今年の2月、「ガーデン」という曲からなんですが、彼の魂に呼応するように色んな人が自分の固定概念を破って、
自分が進みたい道に進む!という選択をした人が
恐ろしく多いと思う。
それくらい、彼の影響力はすさまじいと思いますが
私もそのうちの一人で、私にとって前世で彼はグル(インドで師のことをグルと言います)なんじゃないのかな、って思っていて。
会えばエネルギーを感じられるから、わかるかなと思ったけど、
わかったことは、彼はグルであり、弟子であり、父であり、母であり
そして何者でもないんだな。ということに行きついた。

そして、悲しいことに
「私にとってのグルとしての役割はもうすぐ終わる」ということも、会えたから理解できた。長く続かない。私も彼も成長するから。
でも、
グルとしての役割は終わるけど
違う形で繋がっていくことができるのかな、と楽しみにしている。



こうして、大きな大きなギフトを受けとって帰国した飛行機の中で
シャーマンずボディの続きを読破。


そこに書いてあったのは、
今まで私が言語化できず
無意識にコンタクトをとってきたあの世の力との関り方
そして、思想を一度殺して
そこから始まる本当の自分の物語の描き方
シャーマンとして、自分の魂との付き合い方

本当に生きる、自分の物語。

「死」がすべてのスタートで、「死」を受け入れられないと
人間としてそもそもの営みが始まらないと伝えていること。


この意味が、体験を通して答え合わせのようにすべて書かれていて、
また泣いた。




砂漠化されると「LOVE ALL  SERVE ALL」の意味が、よくわかる。

本当に、この肉体はすべてに捧げるためにあることが。
そして、すべての私を助けてくれるものに、仕えることしか
わたしにはできないということが。

シャーマンズボディも、同じことを言っている。

肉体は仮初。
魂しか、本当のことは知らないんだ。

伝えるのはエゴで、伝わるのは愛。


伝わるように、私は私という器を磨くことを、決めた。


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