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テニスラケットとバット

イチロー選手のバットコントロールをアメリカでは、テニスラケットのように打ち分ける。と表現をしている。私もそうおものだ。彼のバットコントロールは変幻自在に行われ、時には当てるだけ、時に引っ張り、流し、長打を打ち。わざと詰まらせたりとまるでバットが自らの腕のように機能している。それは誰も異論はないであろう。

では、どうして彼が人並外れた技術をもっているのか?才能、天性?努力?いや、それだけでは語れないものがある。つまり、世界の王選手は、ホームランを打つことに全力を傾けた選手であるから、内野安打などは狙っていない。その王選手を荒川氏は、「みんな王選手と同じだけ努力していないし、できない」といっている。イチロー選手も小さな時からバッティングセンターへ毎日通い、打ち込んでいた。こうしたことは誰でもできるわけではないのであるから、それは大変な努力であるように思う。

だが、私たち打撃の指導のプロとしては、なぜ、イチロー選手にできて私たちはできないのか?なぜ、王選手にできて我々にできないのか?と探求している。世間では、「イチロー選手、王選手は特別だから」と子供たちに諦めさせている。最近は少しそうした指導は住まってきたのだが、まだまだ根強く残っている。

私たち宮川理論の指導者たちや宮川理論を学び経た人たちは、決してあきらめるようなことは言わない。もちろん、努力をすることを否定するわけではない。試合には9人しか出られないのだから、チームにへたくそがいてもいいのかもしれない。雑用係も必要なのだろう。だが、子供たちは雑用をするために野球をしているのではない。誰しも試合にでて、活躍したいのだ。其れにこたえるのがコーチングであるはずだ。私たちは、イチロー選手や王選手の解明に成功し、それをもとに指導をしている。誰もがかっ飛ばせる指導を目指している。そのために、お手本となる選手は沢山いる。日本のプロ野球選手の中にもいる。だが、その一流選手から目をそらし、自らの指導を押し付けるのには、賛同できない。私の教え子に広島カープの新井貴浩くんがいる。だが、彼は私の指導が未熟なときの教え子である。彼がこれまで活躍できたのは、駒澤大学太田誠御大にご指導をいただいたからだ。私たちは誰隔てなく、指導をしていくことを理念にしている。たとえ、プロ野球選手だろうと小さなお子さんだろうと打てるように指導をする。

 ただ、プロ野球選手は、試合で結果をださないといけないので、打ち方も指導をしないといけないが、配球の読み方、待ち方なども学ばなければならない。もちろんこれまで、数名のプロ野球選手を指導しているのだが、打ち方よりもどちらかという、配球の待ち方や読み方が必要に思う場面が多い。打席に立てば、選手が判断をしているので、私たちの及ばないところではあるのだが、それを一つずつ一つずつ検証し、思考の変化をも指導をしている。子供たちは、まずは、自らの体力にあった、バットやボールで成功体験を積み、素敵な勘違いを植え付け、君ならできる。と自信をつけてあげたい。もちろん、天狗になってしまうかもしれないが、人生一度くらい天狗にてもいいのではないだろうか?そこで、失敗をすることも子供の成長には不可欠だと思うのだ。取り返しのつく失敗を沢山することも人間を成長させるために必要な肥やしであるように思う。

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