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ショートショート:※諸説あり

 昔から都市伝説が好きな男だった。
 事実なのか口から出まかせなのかはわからないが、ベタなものから聞いたことのないものまであらゆる都市伝説をべらべらとしゃべっては「諸説ありだけどな」と締めくくっていたものである。まるで、そう付け加えれば何を言っても許されると思っているかのように。

 今日も男は都市伝説を語っている。
「知ってるか?あの角を曲がったところに池があるだろ。邪魔になるから埋め立てようって話が昔からあるらしいが、上手くいかないらしい。なんでも、あそこの底には大昔の武士の亡骸がいっぱい沈んでるんだってさ。だから、埋め立ての工事をしようとすると霊が止めようとしていつまでもあのままなんだよ。ま、諸説あるらしいけど」
 いつもに増して、今日は饒舌だ。
 視界の悪い大雨の中、目を凝らして運転する俺の横で男はシートに身体をあずけ、興奮気味にしゃべり続けている。

 今宵、俺はこの男に殺される。

 男は俺の古くからの友人であり、部下だ。仕事が無くて困っていたので、俺の経営する会社にアルバイトとして雇うことにした。いずれは正社員に、と考えていたのだが、彼は恩を仇で返してきた。
 どうやら、俺の妻と不倫関係にあるようだ。
 妻が俺に多額の保険金をかけていることも最近知った。

 ふたりが俺を死なせる気であることはわかっていた。こんな天気の悪い日に「送ってほしい場所がある」と頼んできたあたり、きっと今日が決行の日なんだろう。
 さっきから男の指示に従って運転しているが、このまま進めば切り立った崖のある山に向かうことは想像に易い。
 突き落とされるのか、殴られるか刺されるかした後埋められるのか、どんな方法かはわからない。
 しかし、さっきから異様にしゃべり続けている男の手の震えや、暑くもないのに流れ続けている汗を見るかぎり、この後殺されることには間違いなさそうだ。
 さて、どうするか。
 もっと警戒しておくべきだった。

「そうだ、この先の十字路があるだろう。古い信号機がある」
 尽きることなく、男は語る。
「ああ」
「そこにも都市伝説があるんだ」
「どんな?」
「今日みたいな大雨の日に限るらしいんだが。車道と歩道、信号機が全部赤になった瞬間にアクセルを思いっきり踏み込むと、異世界に飛ぶんだとよ」
「へえ」
「ま、そんなの、スリップして事故っただけだと思うんだけどな」
 珍しく「諸説あり」をつけていない。どうしたものか。

 それから3つほど、男の都市伝説を聞いた。どれも「諸説あるらしいけどな」で締めくくられた。
 遠くに、先ほどの都市伝説で出てきた十字路が見えてくる。
「…なあ」
 俺は、男に話しかけた。
「何だ?」
「さっき話してた都市伝説があるだろう」
「えっと…、どの?」
「そこの十字路のやつだ」
「ああ、それがどうした」

 もうすぐで十字路に着く。大雨のせいか、他の車や歩行者は見当たらなかった。
「あれは、俺も知っていたんだが」
「知ってたのか」

 歩行者用の信号が点滅し、赤に変わった。車道の方も、黄色になる。
「あれこそ、諸説ありだぜ」
「え?」

 信号が赤に変わる。
 俺は思いっきり、アクセルを踏みしめた。


 濡れた地面に一瞬ハンドルをとられかけたが、持ち直す。なんとかスリップせずに進めたようだ。
 ほう、と短くため息をつく。男は俺の突然の行動に驚いたのか、何も言わなかった。視界が悪く、運転に集中しなければならないため彼の顔を見ることができないが、どんな顔をしているのだろう。
「急に悪かったよ。俺もさっきの場所の都市伝説を聞いたことがあってさ。俺が聞いたのは、あの場所でアクセルを踏み込むと、憎いやつを消せる、ってやつだったんだ」
 再び信号が見え、赤に変わる。今度はゆっくりブレーキを踏んだ。

「諸説あり、だな」
 そう言って俺は助手席に目を向けた。

 そこには、誰も座っていなかった。





※フィクションです。
 雨の日の運転って怖いですよね。



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