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超短編小説:カフェへの憧れ

ここには、おばあちゃんの家があったはずだった。なのに、なぜ。
「古民家カフェ、まりこ…」
木製の看板には、おじいちゃんの字でそう書いている。

確かにおばあちゃんの名前は鞠子だけど。
『古民家カフェまりこ』ってなんかスナックみたいじゃん。

いや、そうじゃなくて。
いつからここは古民家カフェになったわけ?全然知らなかったんだけど。ママがこの前、「おじいちゃんとおばあちゃんが面白いこと始めるよ」って言ってたけど、これのこと?面白いとかいうレベルじゃなくない?

「いらっしゃいませ…、あ、なんだ、チカか」
玄関の前で突っ立っていると、出てきたのはなんとエプロンをしたお姉ちゃんだった。
「お姉ちゃん、何してるの!?仕事は?」
「休みだから手伝ってるのよ。おなかすいてない?何か食べない?」
「おなかはすいてるけど…。いや、何なのこれ、いつからカフェになったの?」
「先週からよ。おじいちゃんもおばあちゃんも、ずっとカフェやりたかったって話してたじゃない」
「いや、それは知ってるけどさ」
「まあ、暑いから入りな?」

お姉ちゃんに促されて中に入ると、広い和室にはテーブルが並べられ、すっかり『古民家カフェ仕様』になっている。そして、お客さんで賑わっている。
いつのまにか私もお客さんのうちのひとりになって、縁側の席でメニューを眺めていた。
メニューには、おばあちゃんの得意料理が写真付きでずらっと並んでいる。カフェというより定食屋だな、これは。
「ご注文はお決まりですか?」
と尋ねてきたのはママだった。
「あら、チカじゃない」
「ママも手伝ってるの?」
「そうよ。パパも手伝ってるよ」
ママが指さす方を見ると、慣れない手つきで食事を運んでいるパパの姿が見える。
「キッチンではおじいちゃんとおばあちゃんがふたりで料理してるのよ」
「私以外、みんなでやってるの?」
「そうよ、明日からはチカも手伝ってね!」
「えー!!!」




「…っていう夢を、電車で見たんだけど」
「だからって、電車乗り過ごした理由にはならないから」
車を運転しながら、呆れたようにママは言う。
夏休み、実家に帰省するために電車に乗っていたのだけれど、うっかり乗り過ごしてしまい、降りるはずの駅から5つ先の駅までママに迎えに来てもらっていた。
ママは呆れているけれど、夢を見たことは本当。少し前に友人と古民家カフェに出かけて、そこがおばあちゃんの家と雰囲気が似ていたからそんな夢を見たんだろう、たぶん。

「まあでも楽しそうね、みんなでカフェやってる夢なんて」
「でしょでしょ。ママもおばあちゃんも、よくカフェやりたいって言ってたじゃん」
ママもおばあちゃんも、よくテレビや雑誌で『脱サラしてカフェやってます!』みたいな人を見るたびに「良いねえ、素敵ねえ」とか「こういうランチなら作れそうねえ」とか話していた。
「まあね。それに、確かにおばあちゃんの家は古民家カフェにできそうよね」
「できるよ!絶対できる!むしろカフェにしないともったいないくらい」
「そのカフェ誰がやるのよ」
「…ママとおばあちゃん」
「やりません。チカがやれば」
「えー、やらないよー」
なんて言いつつ、私もカフェには憧れがある。あの夢には「カフェをやってみたいけどひとりだと不安だから、家族の誰かが始めたら乗っかりたい」という私の不純な願望も詰まっているのだろう、たぶん。

「チカがカフェやるなら私も手伝うけど」
なんだよ、ママも私とたいして変わらないじゃん。親子そろって願望が不純なんだわ。
「ママがやりなよ、私も手伝うから」
「チカがやりなよー」
車の中、ふたりで不毛なやりとりを続ける。

他力本願な私たちがカフェをオープンすることは、当分ないんだろうな。







人類は誰しも、一度は「カフェやりたい」って憧れるものだと勝手に思っているのですが。そんなことはないですかね。

矢口も「カフェやってみたいなあ」とか考えたことあります。でも料理も接客も苦手なので、たぶんやらないと思います。(何の話?)

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