海底
言葉の可能性を考えるなんて大それたことはわたしにはできない。
今日だって、君が沈んでいった街の上を船で行ったり来たりして、
昨日からの間に崩れた瓦の数とか、
くっきりと残る、あの日走らせた自転車のわだちをなぞったりして、
ただ、偸安に、一日を浪費した。
「ぼく、夢があるんだ」
なんて、あの日の君は自転車を漕ぎながら、
風に流される言葉を必死に紡いでそう云ったけれど、
その夢がなんだったか、わたし、もう忘れ始めている。
言葉って、案外、脆かったよ。
言葉って、存外、寄り添ってくれなかったよ。
言葉って、別段、特別なものにも感じられないよ。
言葉って、わたし、嫌いだなあ。
そう思えばそう思うほど、わたしの胸の奥から、
君のくれた、たくさんの言葉が剥落して、
この海の底に落ちてゆく。
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