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サイダー

 眠り続けて18年。起き抜けはサイダーと決めていた。

 小さいころは、舌が痺れて味がよくわからなかったサイダー。

 後味だけが甘くて、余計に喉が渇いて、それでまたちびちび飲んだ。

 あの刺激が大人っぽくて、格好つけられるとなんとなく思っていた。

 そして、いつか、これの本当のうまさがわかるようになると思ってコツコツ飲んでいた。

 大人がうまそうにぐいっと飲み干すビールを見て、わたしもあんな風にサイダーを飲みたいと憧れた。

 強烈な炭酸刺激のせいで、少しずつしか口に含めないあの口惜しい焦燥感。

 でもそれは歳を累ねるごとに微かに増えてきて、たまにごくっと喉越しを感じてみては、もがいて苦しんだ。

 わたしにとってサイダーは、成長の軌跡であると同時に、

 大人になる基準値だった。


 冬眠機が少し震えて、わたしを安らかな眠りから揺り起こす。

 揺籃は恒星間航行の間ずっとわたしを包んで守っていたが、

 今日でその役目を終了する。

 わたしは、モニター越しに恒星をみる。

 太陽系からあれだけ小さく見えた星が、こんなにも巨大に迫ってきて、現実味を帯びない。

 今は、太陽系が同じ距離だけ遠い。

 それがどことなく寂しいものにも思える。

 しかし、これからは今目の前に佇む恒星が母星となると思うと、

 いくばくか安心する。

 恒星さえ近くにあれば、宇宙空間の中でなんとか生きていけそうな気がする。

 それは、マザーに対する被支配感と、座標としての帰巣感だ。

 なんにせよ、この超大な宇宙で、自分を結びつけておけるアンカーは、

 久遠の時の中で、桁違いの空間の中で、まだ自分が人間であるということを覚えておくために重要なファクタだ。

 わたしは、揺籃から起き上がって、手元にあるケースを開ける。

 冷凍保存されていたサイダーは、タイミングを計算してちゃんと解凍してある。

 ちょっと転がしてから栓を抜くと吹きこぼれないことは、

 小さなときに学んだ重要なライフハックだ。

 船内は、環状構造が回転して微弱重力があるけど、浮きあがらないように……。

 子どものように、口を尖らせて、素早く吸い込んだ。

 ああ、この刺激が、大人の座標点か……。

 としみじみする間も無く、喉が焼けた。

 当たり前だ。身体だけ18年分大きくなってしまっただけだから。

「………………」

 静かに悶絶した。

 新天地での生活が今日から始まる。

 それに慣れてきたころには、サイダーの味がわかるだろうか。

 社会のない場所で今日から生きる。

 どのラインから『大人』になるかなど、誰にもわからない。

 わたしが決めた瞬間からそうなのかもしれないが、

 もはやそれを教えてくれるのは、サイダーだけになってしまった。

Kise Iruka text 113;
(out)Cider.

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